ゼミ合宿と最初の出版

博史のゼミ合宿に二歳の娘を連れて同行し、いろいろな意見が出たほうがいいからと言われて、ディスカッションに参加したことがある。

テーマは「死刑制度の是非」。挙手して発言する学生は少なく、座席順に意見を述べていった。博史が「人権派」と目されているからか、学生さんの発言は「死刑制度は廃止すべき」で、その理由は「どんな犯罪者であろうとも国家が人の命を奪うことには反対」というものばかり。

最後に私にも発言が許され、思うままに述べた。

「子どもを産むまでは、死刑制度廃止派だったんですけれど、もしも我が子が被害者だと想像したら、絶対に犯人を許せないですよね。私自身が復讐してやりたいという気になると思います。個人的な復讐ができないのなら、国家において極刑にしてもらいたい、と言い出しそうで、そんな自分が嫌だと思うんですけれども」

「実は私もそう思っていたんです」

という声があがった。社会人入学をしていた、五十代の男性だった。

「私にはひとり娘がいるんですけどもね、その子が殺されたりなんかしたら、絶対に八つ裂きにしてやりますよ、犯人を」温厚な日頃とは違う厳しい言い方で、みんなが驚いた。「でも、それを言っちゃあいけないと思うから黙ってましたけど」

博史が「いや、ここでは言ってはいけないことなんてないんで、ぜひ本音で言ってください」と、呼びかけた。

すると、数人が「僕も死刑アリと思います」と発言し、それぞれが理由を言い、博史は「なるほど」と相槌を打つに留め、盛り上がった時間になった。

東京に帰る車の中で、博史はしみじみ言った。

「みんなに『意見を言ってくれ』と言うだけではダメだということが、よくわかったよ。本音を言える雰囲気を作らなきゃダメなんだね。

それに、学問は真理を追究するものだけど、学者はロボットじゃない。法律は机上の空論を戦わせるのではなく、血肉の通ったものにしなきゃいけないんだ。僕は一生懸命に研究してきたつもりだったけど、自分が父親になって初めてわかることというのがあるね。弱者の側に立つとか、人権とかはどういうものなのか、もっと自分に問いかけてやっていかないとダメだと思ったよ」

そのときから約二十年後、二〇一四年に出版した『うさぎのヤスヒコ、憲法と出会う』という子ども向けの本の中で、博史は次のように書いている。

何か事件が起こったときに、その事件をどう解決したらいいのか、人によって考え方に違いがあることがある。(中略)裁判所によって判断が分かれるようなことだってあるんだ。法律の条文には、いろいろな人の、さまざまな『思い』がこもっている。だから、いろいろな人たちの思いのなかで、だれの、どういう思いを大切にするべきかについて、読む人の意見が違ってるわけさ。『正解』なんてない。

「法律の条文には、いろいろな人の、さまざまな『思い』がこもっている」という一文には、博史が人間として親として生きてきた過程が込められている。

博史の「お別れの会」の後、社会人入学でゼミ合宿に参加していた三人が拙宅においでになった。一人は、ゼミ合宿のときに撮ったものを「写真集」として編集してくださっていた。

「あのときは楽しかった。良いゼミだった。先生にはもっと活躍していてほしかった」

遺影の前で、口々に悼んでくださった。