誰にでもできることを、誰よりもやればどうなる?

世の中、皆が人と違うことをしたがる傾向にあって、誰にも真似できないスペシャルなことができる人がすごいみたいな風潮がありますよね。オリンピックで金メダルを獲ることも、1人でサックスとホルンを同時に演奏することもすごいことだとは思いますが、ある程度才能がないとできないレベルかなとも思います。

そして皆が皆、このレベルを目指すのは無理があると思いますし、皆が皆、同じ方向を目指す必要もないと思います。誰にも真似できない、自分にしかできないことだけが生きる道ではありません。誰にでもできる平凡なことだってよいと思います。美しいと思った風景の写真を撮ることや、おじいちゃんと将棋を指すことは誰にでもできることですが、とても素晴らしいことです。

雑用だってよいと思います。私も職員室でポットに水を補充したり、ストーブに灯油を入れたりします。ゴミを集めて捨てたり、コピー用紙をせっせと運んだりもしますが、「雑用かよ~」と後ろ向きに考えたことはありません。

雑用か否かの線引きは、そこに自分の意思があるかどうかです。誰かに指示されて渋々やるから雑用になるのです。自分の意思で行動すれば、雑用も立派な挑戦です。そう考えて生きていくと、「世の中に雑用なんて存在しない?」「もしかしてすべて必要なことなのかも?」と思えるようになってきます。

スペシャルなことではなくても、誰にでもできることでも、誰よりもやれば立派な挑戦と言えます。皆さんには、スペシャルな人生の他に、オリジナルな人生があることを知っておいてほしいのです。美しい写真を撮り続けて世界的な写真家に上り詰めた人や、おじいちゃんと将棋を指し続けてプロの棋士になった人もいるのですから。私は子どもたちへの声がけを誰よりもして、まずは日本一の学校の先生になろうと思います。

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※本記事は、2022年2月刊行の書籍『キャベツになれ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。