数年ぶりにビリケンさんこと健兄の声を聞いた。簡潔に現状と要件を説明すると、幾つか想定していたシナリオのどれよりも、すんなりと二人の遺骨を移す了承を得た。話が一段落したことでか、三日ほど経ったからか切迫したものとは少し違う考えも浮かんでくる。その中にはもちろん生きるためにできることはないかという抗いも含まれた。

幸いにして僕も妻のがちゃさんも珠ちゃんも医療従事者ということもあり、ずずさんの疾患は専門外ではあるがいくらかの知識とそれを補う情報網があった。迫りくる一人しかいない親の死という恐怖に支配されていた頭の中を整理するためにノートに現状を書き出すことにした。

ずずさんの命に期限をかけた病名「濾胞性リンパ腫」は数ある悪性リンパ腫の中でも近年増加してきた種類である。特徴としては進行度が年単位でとても遅いことと抗がん剤が効きにくく一度治療が終わっても再発率がとても高いことが挙げられる。再発した場合には多くが形質変化と言って最初穏やかだった癌の顔が豹変して高悪性度という卑劣な顔になることが多いと長髪の主治医は抽象的だが分かりやすく説明してくれた。

四年前に一度治療を終えているずずさんにとって今回はこの再発にあたる。顔つきは多聞に漏れることなく中~高悪性度という診断であった。年単位で悪くなるものが月ごととなり早ければ週単位で進行していく。もしかしたら後一ヶ月少々で終わる二〇二〇年を越せないかもしれないとも。

ずずさんの主訴としてはここ一ヶ月で左足の付根に強烈な痛みが出てきて眠れなくなり最近では歩くことにも影響が出始めたことだった。半年前から定期検診で血液検査に異常があったため再発しているかもしれないとは言われていたが無症状のため経過観察となっていた。

痛みを訴えた後のCT検査では腹部のリンパ節に巨大な腫れが認められ他にも頸や胸など数ヶ所に転移が見つかった。本来であれば抗がん剤での治療が第一選択となるのだが既往歴に投与を躊躇させる疾患があるため主治医も困っているのが現状だ。そのため提示された治療方針は「痛み止めの薬と放射線治療にて痛みを緩和させて眠れるようにすること」という対症療法であった。

それから数日後に開かれた姉とがちゃさんとを含めた家族会議では事前に「少しでも生きて欲しい」という三人の共通認識で話を進めたのだが、ずずさんは頑なに抗がん剤の投与を拒んだ。その理由は先述した既往歴が大きな存在であった。もう一つずずさんが抱える難病「もやもや病」という危険因子だ。

【前回の記事を読む】長い入院生活が終わった矢先…あまりにも短すぎる妹との思い出

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 笑生』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。