「いまさらあなたを責めないけれど、私は努力したのよ。温泉通いも子どもが欲しかったからなの」

「俺だって子どもは欲しかったさ。でも、二人とも問題がないというし、仕方がないだろ」

「そうかもしれませんけれど。あなた、出世し始めるとわたしのことなんか忘れてしまったみたいなんですもの。わたし、寂しかったわ。もっとわたしにかまってくれていたら子どもだってできたかもしれないって、恨めしく思ったことが何度あったか」

「それは気付かなかった。俺のせいなのか」

「結果は分からないわよ。だから、あなたを責めるつもりはないって言ったじゃない」

二人の間に重たい空気が漂う。二人ともぽっかりと空いた心の穴が、子ども欲しさであったことには気付いていたが、それを改めて確認することになってしまった。

「ねぇ、食事が済んだら隕石が落ちた場所に行ってみない?」

節子は気まずさを打ち払うように話題を変える。

「そうだな。すぐ近くだったからな。現場に行って、何か問題があれば警察に連絡すればいいか」

二人は朝食を済ませると、前夜に光を見た方角へと歩き出した。異変はどこにも感じられない。

「そんなに遠くじゃなかったわよね」

「うん。すぐ近くに見えたけどな」

二人とも怪訝な表情を浮かべながらさらに歩き続ける。啓一は携帯電話を手に持ったままである。異変を見つけたらすぐに警察に通報するのだ。二人は一時間ほど歩いたが特に変わった様子は見つからない。距離にすると三キロは歩いただろうか。節子は何も異変がないことに、かえって不安を感じ始めた。

「変ね。光はすぐ近くに見えていたのに。せいぜい一〇〇メートルか、それくらいしか離れていないように感じたわ」

「俺もそう思う。方向が違うのかな」

「方向が違ったって、あれだけの隕石ですよ。むしろどの方角からでもすぐに分かるのが普通じゃないかしら。落ちた場所よ」

節子は何かを期待するというよりも、何もないことに苛いら立ちを感じる。啓一は方角を間違えているかもしれないと思い始めた。

「結局、何も見つからないと思うよ。これだけ歩いて何もないんだ。隕石には違いないと思うけど、テレビで言っていたほど大きくはなかったのかもしれないな。どこかに落ちたのだろうが、この原生林の森でそれを見つけるのは無理だよ。巨大隕石と言っていたから、燃えた跡とか何かがはっきり残っているかと思ったが、そうでもなさそうだ。戻ろう」

二人は、来た道を戻る。ほどなくして、小さな沢に差しかかった。節子が沢の底の方を指差す。

「ねえ、見て、あれ。あそこに何かあるわ。銀色に輝いているように見えるけど、あれが隕石なのかしらね」

啓一は、節子が指差す方向に目を向けて愕然とした。大きな銀色に輝く、やや楕円状をした球形に見えるものが、ヒューヒューと、小さく風を切るような音を立てている。

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※本記事は、2021年12月刊行の書籍『香倶耶という女性』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。