第4章 皇室、神道

皇室、神道(神社)について書く。といって、皇室を敬えとか、神社を参拝しろとかいうつもりはない。それは個人の思想信条、好みの問題で、他人がとやかくいうものでない。

私はただ、日本における「福音宣教」にとってプラスかマイナスかのみを検討する。それは多くの日本人が皇室や神道をどう考えているか、ということである(全部はあり得ない)。なぜならその「多くの日本人」こそ、宣教すべき、宣教者の言葉を「聞く人」である。

結論から書くと、司教団の姿勢は「愚か」としか言いようがない。なぜこのような発言をするのか。愚かだから、と言えば正確すぎて身も蓋もないが、「福音宣教をする気がない」以外の答えが思いつかない。

本気で、心を込めて、真摯に、日本で「宣教」しようと思うなら、日本人がどのような心根を持っているか考えるはずである。宣教に必須なのは相手への敬意と心遣い、自分に要求する「真摯な心」である。

1.昭和天皇崩御に際する司教団の対応

1989(昭和64)年1月7日、昭和天皇崩御の即日、司教団の出したメッセージは、私の心を凍らせた。待ち構えたような即日の発信だった。

教会は、現行憲法における天皇制の是非について一つの立場をとりません。したがって、日曜日のミサを追悼ミサにしたり、特別の行事をしたり、政府、自治体、地域、各種団体などの行事にカトリック教会として名を連ねたりしないことが望ましいです。

要は、天皇制を全面的に認めているわけではない。ミサで追悼しないように、ということである。「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である方の死を、教会としては「弔うな」ということである。

「逝去」という言葉にも強い違和感を持った。「崩御」だろう。知らないのではなく意識してこの言葉を使った。崩御でなく逝去の言葉を使ったのは、極左は別として、国会へ議員を送っている政党では日本共産党だけだったと思う。新聞も、朝日新聞ですら「崩御」としている。

同日出された、『昭和天皇ご逝去に際する信徒宛カトリック司教団談話』では、

これから行われる葬儀・即位の諸行事、それをめぐっての政治、社会の動きの中で、人間を神格化したり、人が作った制度を絶対化したり、特殊な民族主義を普遍化したりすることがないよう注意を払い、……

と心配しているが、国民多数の意識と乖離している。これでは「宣教」できない。

私は昭和天皇の戦前を知らないので全体を評価できない。私が信頼するのは、戦争の悲惨を強く体験した人の発言である。特に兵士として戦場にあった人の言葉を信じる。

大岡昇平、古山高麗雄、山本七平、……これらの方々は生きて帰ったのが僥倖だった人たちである。私は多くの著作を読んだが、昭和天皇への悪口はきかない。あの透徹した思考力を持つ山本氏が『昭和天皇の研究』(祥伝社・平成元年2月1日)の冒頭で、

考えてみれば全く稀有の存在である。人類史上おそらく前例がなく、今後も再びこのような生涯を送る人物は現れまい、と思われるのが昭和天皇である。

と記している。

そして不思議なのはこの三人が(箇所をいま示すことができないが)、「今の左翼の言っていることは、昔の軍部の口調と同じだ」という意味のことを語っている。それらをヒントに私は、「昔大本営、今司教団」というフレーズを作った。

小室直樹氏は、『奇蹟の今上天皇』(PHP研究所 1985年5月)で、「全面的敗戦後、依然として玉座にとどまり得た君主があったであろうか。」と記している。敗戦した独裁者は、亡命するか殺されるかが普通である。しかし「亡命」など、昭和天皇は考えもしなかっただろうと。

ヒトラーは自決した。ムッソリーニは吊された。昭和天皇は全国巡幸によって民衆に身を曝した。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『マネジメントから見た司教団の誤り』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。