「吉岡さん、この二人のご遺体を見て、死後どのくらい経っているか分かります? 季節は10月ころの屋内での変死です」

吉岡は2枚の写真を見て答えた。

「こちらは1週間で、こちらは3週間近くは経っているでしょう」

「そうでしょう、私も写真だけならそう答えます。でもこの二人は共に死後4日なんですよ。それに二人とも年齢、場所の環境、季節、室温もほぼ同じ、基礎疾患もなし。どうしてですかね?」

「先生どういうことですか? 教えてください」

「吉岡さん、それが分かれば法医学者は要りません、法医学では死亡時間の推定が一番難しいともいえるんです。警察の方がする聞き込み、ビデオ、携帯履歴なんかの環境捜査に頼っているのが我々なんです。署の方にも周辺の捜査の重要性を十分伝えてくださいね」

そこまで医者が言うくらい死亡時間の推定は難しい。ただ死体現象で一番正直に伝えてくれるのが、体温と眼の混濁の状態である。しかし、死体が腐敗している場合などは、死後3か月から1年というアバウトな検案書が出ることも珍しくない。

「昨晩の気温何度か分かるか?」

吉岡の声が霊安室で初めての会話として出た。捜査員は俯くかお互いの顔を見合わせ無言である。そのうち一人がスーッと出口へ向かい「ちょっと気象台に聞いてきます」と言うや出ていった。

直腸温の検査結果が出る。23度。身体が濡れているので外気温も当てにならない。

「うん! 普通なら半日以上だが、眼が結構キレイだな、経って半日ちょっとだろう」

吉岡の独り言に誰も反応しない。全員が黙々と吉岡の所見をメモに取るなどし、検視を進めていく。服を脱がせ、いよいよナイフの部位に至る。胸骨の下の剣状突起付近からやや上部に向けて深々とナイフが突き刺さっていた。

「ちょっとここに尺当てて写真撮って」

鑑識に指示すると、カメラを持って素早く位置に着くが、横の若い刑事は理解できずに周囲に目を泳がせた。

「あっ、すまん、すまん、尺……もの差しね……」

※本記事は、2022年2月刊行の書籍『TEAM P 捜査一課特捜本部事件録』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。