ある時、故障したラジオの苦情への詫び状の原稿を書かされた。

時間をかけて書いた原稿を主任に持っていくと「棚橋君。ダメ」と突っ返された。

何処が悪いのかは言ってくれない。

改めて文節を変えたり表現を少し変えて再度主任に見せた。

「これもダメ。書き直しなさい」と言われただけだ。再々度原稿を書き直し同僚にも見せて、これで良いと思い3度目の原稿を持っていった。

主任は、黙って私の原稿を読み横に置いて、目の前でA4用紙にスラスラと文章を書いた。

そして、分かっているのに「これが私が書いた文章や、これが君の書いた文章や。君が読んで良い方をお客さんに返信しときなさい」と意地悪な言い方をされて2枚の原稿を受け取った。

悔しかった。情けなかった。どこが悪いのか言ってくれない。

どこが違うのか比べてみた。

私の書いた文章は、故障の原因と修理結果のみを述べただけで、思いやりのないメーカーサイドの一方的な返答だった。

主任の書いた文章は、お客様の立場に立った素晴らしい内容だった。

冒頭から、本当に申し訳なく大変ご迷惑をかけたと心からのお詫びが綴られ、故障の原因を端的に、分かりやすく述べられており、「このたびは十分な修理を施したので、今後は、安心・安全にお使い頂けます」と書かれていた。

クレームで怒っているお客様に対し心からお詫びし、二度と起こさない理由を述べ安心を与えていた。

そして、結びは、引き続き松下電器のお客様でいて下さるようにと、お願いが書かれていた。

見事な文章だった。苦情への返信は、このように書かないといけないのだと教えられた。

「手紙はな、貰った人の立場で書くんや」とズバッと一言言われた。時間のかかる部下指導のやり方だったが「松下電器は商品を造る前に人を育てる」を正に実践されていた立派な上司だった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『180度生き方を変えてくれた言葉』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。