「ニューブリテン島のラバウル基地から、最前線のブーゲンビル島へ視察に向かった、連合艦隊司令部が、敵の戦闘機隊に襲撃されました」

「何!! それは本当か。それで山本司令長官は無事だったのか?」

「いえ、残念ながら、山本長官の搭乗機は、島のジャングルに墜落して全員死亡、生存者はありませんでした」

「うーむ……」

宇垣はしばらく目を閉じ、絶句したままだったが、やがて言葉を発した。

「えらいことになったな。いまこの時期に山本さんを失うとは、まさに致命的だ。これでは戦争終結のメドが立たんではないか」

宇垣は汪とボースの双方へ視線を移しながら、しぼり出すように言う。

「では閣下は、山本長官の戦略方針について、何かご存知でしたか?」

ボースの問いに、宇垣は首を振った。

「いや、わしはとっくに現役を離れておる。作戦、用兵の現状については特に知らされておらん。しかしながら、この戦争の推移については、わしはわしなりの見解がある」

「では、閣下の立場からすれば、この突発事故をどのように受けとめられますか?」

ボースはさらに質問を続けた。宇垣はそのまま想いに耽っている様子だったが、やがて口を開いた。

「わしは新聞やラジオが、このところ連合艦隊司令部がラバウルへ進出して、航空戦闘を指揮していると報道しているのを見て、いろいろ考えたよ。つまり山本司令長官の肚はらのうちや、その意図するところだ。今年の二月、我が軍がガダルカナル島から撤退して、ソロモン方面の戦況は一応落ちついていた。だが、明らかに戦局は大きく転換しつつある、とわしは見ておる。十六年十二月の開戦劈へき頭とうの真珠湾奇襲以来、まさに破は竹ちくの進撃だったが、それは十七年六月のミッドウェイの失敗で頓とん挫ざしてしまった。海軍はひた隠しにしていたが、あれほどの大敗を隠し切れるものではない。本来はあの時点で、戦略を抜本的に変更すべきだったのに、面子にこだわってガダルカナルの敗北を招いたのは、海軍の、ことに軍令部の大きな失態というべきだろう。このままでずるずると消耗戦を続けたら、我がほうの勝ち目は完全になくなる。何か思い切った手を打つしかない。というのが山本長官の立場だったはずだ。あの男なら何かやるだろう。しかもそれは、必ずや戦争の早期終結に結びつくものだろうと、わしは見ておった。しかしながら、その山本が死んだとなっては、もうダメだよ。もはや手のつけようがない」

さきほどの落ち込みと打って変わって、宇垣は激しい調子で言葉を連ねている。

【前回の記事を読む】【歴史SF】「まさに壮者そのもの」インド独立運動の闘士と日本陸軍大臣の邂逅

※本記事は、2022年1月刊行の書籍『救国の独裁者』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。