あの空の彼方に

私は困った気持で、

「玲子さんとは、考えたら長い付き合いね。母が病気になった時、貴女は力になって下さって。教師を続けていくのが無理と思った時も、プロの家庭教師なんて、とても大変な世界だと思っていて、とても私などがやっていける世界ではない、と思っていて迷っていたの。玲子さんは、私より何ごとも積極的で、行動的だから、多くの教え子を紹介して下さって、励まして下さって、気持の上でもどれだけ助けられたか。透さんの家庭教師を頼まれた時も、正直、自信がなかったの。プロの家庭教師とはいっても、医大を受けるような人の為の教師ではなかったし。でも、生まれた時から知っている透さんと、村上家の将来に係わることでしょ。出来るとか、出来ないとか言ってられないと思って、私も必死だったのよ。大変でも、私自身の仕事にもプラスになったと思っているの。私も勉強になったの。だから気にしないで。私は大した考えもなく呑気に、今まで独り身で来たけど、お蔭で寂しいと感じたことはなかった。忙しい、苦しいばかりではなかった。楽しいことも沢山あったのよ。貴女は優一さんと一緒になり、透さんも出来て、何不自由のない理想的な家庭を築いていらして。私は貴女の好意でそのお仲間に入れて頂いているだけで、倖せだと思っているの。私には家族がいないから、その優しさが、どれ程嬉しかったか。少しでもお返しが出来て良かった。だから、お礼だなんて言わないで。今まで通りのお付き合いをして頂けたら、それが一番嬉しいことなの。それから結婚については考えていないの。お気持は有難いけれど、気を遣わないでね」

そのうちに透さんが帰ってきて、皆の所まで来たので、玲子さんが、

「お帰りなさい。免許は取れたし、あとは入学式ね。大学生になって、寮生活になって、そうなると忙しくなって、なかなか帰ってこられないでしょ。だから、入学式までに皆で一緒に別荘に行きましょうよ。温泉にも入りたいし」

と話しかけた。更に、

「一泊か二泊は出来るでしょ。この何年も皆で行ってないもの。去年だって行けなかったし。この冬は雪が降ったようだから、手入れの必要になった所もあるかも知れないし。ハウスクリーニングを頼んで、布団も乾燥させて貰っておくわ。庭も樹が茫々でしょうね。草は去年の夏に草刈りを頼んだけど、又伸びてきているでしょうから、管理事務所に連絡しておくわ」。

透さんが、優一さんの向かいの椅子に座りながら、

「今の時期に皆で一緒に行くのは本当久し振りだね。今日、先輩に会って、学校のこといろいろと聞いてきた。先輩がね、『寮に入ったばかりの頃にね、うちの食堂には小太りのおばさんチーフがいて、そこのぬしのような人で、その人がいると絶品の食事が出てくる。うちの食堂は美味うまいと評判で、本当に美味おいしい。飯が美味いのは本当嬉しいよな。で、その人も偶には休むことがある。その人が休むと、途端に不美味まずい。御飯しか食べたいものがない。具合が悪くなるような不美味さでも、腹は減へっているし、我慢してその不美味いおかずを口に運びながら、周囲を見回してみると、皆、御飯に味噌汁をかけて食っているんだな、あ、その手があったか、と俺も一つ覚えたんだ』なんて言ってた」。

うふふ、あははと皆で笑いながら、別荘に行ったら少しのんびりとしよう、食事は何を頼んでおこうか、などなど、話していたのでした。