第1章  令和の今、行政改革最高のチャンス

遷都か少なくとも分都を

私の知人は何年も前からフィリピンとベトナムに日本語と日本の制度や習慣を教える学校を作り、そこから自分が大阪や奈良で経営する複数の特養や老健施設の介護職員を採用している。皆よく働き勤勉実直で何の問題もないと入所者からも好評のようである。特にフィリピンは国民の90%余りがカトリック教徒で女や子供、老人に優しい。

老母の戦後を終わらそうと父が戦死したフィリピンの土地へ母を連れて行くと「公雄(私の名前)、なんで日本は年寄りや子供、貧乏人に優しいこんな良い人の多い国を攻めたんかのう。間違っとったんじゃなかったんか?」と言われ、答えられなかったことを憶えている。

戦争の賠償問題の蒸し返しも全くない。身勝手な解釈かも知れないが……。

この話にはオマケがある。1週間の医療ボランティアが終わりバスでマニラに向かっている時に母が「公雄、この国はこんな広い耕地があり太陽も降り注ぎ気候も良いのに、なんでこんなに貧しいのか? 怠け者なんかのう?」と言うのである。

横にいた日本人の神父が「お母さん、それは違います。この国は戦争に勝ったので農地解放がなかったのです。そのため稔りの頃になるとマニラにいる地主が全部持って行くのです。それで小作人はずっと貧しいのです。日本の平安時代の源平藤橘と同じです。マルコスやアキノしかり。ラモスやアロヨもそうです。エストラーダだけは映画俳優なので違います」と。

これには母も無言で複雑な顔。マッカーサーにやられた地主の側だったのだから……。

AIやロボットなどの発達があったとしても、やはり医療と介護は人的集約産業である。外国人材の導入、共生は避けては通れない道である。日本医師会や看護協会の言うような業務独占も今後は通用しなくなる。

医師の仕事の一部は特定行為の出来る看護師に、看護師の仕事の一部は準看護師やヘルパーに、ヘルパーに出来ることは家族に、そして家族に出来ることは患者や入所者本人に、という風に手分けしないとこの国は生き残れないのではと思っている。

このことを一層確信したのは3年前に亡くなられ“地方自治の神様”の異名を持つ奥野誠亮先生の遺稿集を読んだからである。先生は以前から一貫して道州制反対の立場で、今の47都道府県制を貫くべしと述べられている。

「う~ん、なるほど、やっぱり、ごもっとも、さすが」の連発で腑に落ちた。先見の明である。

総理が美しい国を創るというのは日本国中津々浦々を指している筈である。今道州制を進めると九州に含まれることとなる沖縄の問題も更に複雑化する恐れもある。百害あって一利なしである。

47都道府県に少なくとも一つの省・庁・局などを置き、現場主義を取り戻し、地方生き残りに資すべきと考える。諸者諸賢のお考えは?

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和の改新 日本列島再輝論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。