先生はそれ以上何も言わないでくれた。そして僕は水泳の授業の間は保健室のベッドで横になって過ごした。遠くの方で女の先生の声がする。僕は保健室で人と違う時間を過ごすことに違和感を覚えながら天井を見ていた。股間から異臭がする。不安だった。次の授業をどう過ごしたら良いのか、ずっと考えていた。

生理という現実を誰にも知られたくなかった。親や先生、同級生にも。だから生理中はナプキンも使わずそのまま放置していた。それでもこの異臭はどうすることもできなかった。男子から臭いと言われ、距離を置かれた。辛かったものの生理とバレるよりはずっとマシだった。

好きな人ができるたびに人知れず涙を流し続けたのは十二歳の頃からだろう。これが僕の苦しみの始まりだ。僕の思春期の始まりでもある。ちなみにその年から二十代まで僕の心が休まることは一度もなかった。

僕は相変わらずに女子が好きだった。異性を好きになる女子たちはどんどんきれいになっていた。僕はそんな女子たちに置いていかれるような気持ちになった。ストレートヘアにしたさらさらの髪型が女子の間で流行った。今まで目立たなかった女子がかわいく見える。

「何だよ、その髪? カツラ?」

「違うわ」

「カツラ、カツラ」

この年は素直になれないのだ。きれいになった女子を僕たち男子はそう言って茶化していた。怒って追いかけてくる女子から逃げる時、僕たちは幸せだった。この年はたくさん恋をした。本気になるギリギリのところに境界線を張り、傷つく前に次の恋を見つける。その繰り返しだった。

「本当にそれでいいのだろうか?」と自分自身に問うほどの余裕なんてない。目を反らした恋愛は僕の慰めなのだ。好きな人の理想になるため、僕の言動や服装はどんどん男子になっていった。

一方で、体の成長が止められないことに愕然としたのもこの年だった。胸の膨らみが今までよりもはっきりと目立ち始めたのだ。母がブラジャーを勧めた。僕は頑なに拒否をした。しかし、気付いたことがある。ダボダボの服を着ても、猫背になっても、限界があるのだ。僕の着ているシャツから乳首が浮いていた。それに気付くと急に恥ずかしくなり、すごく地味なスポーツブラをつけた。徐々に女子の背中からはブラジャーのラインが透けて見えるようになっていた。自分の背中はどうなのだろうか、と思うと不安になった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『レインボー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。