【前回の記事を読む】モーツァルトが21歳で完成させた曲「ジュノム」とは?

ドイツ

歌曲「おいでいとしいチターよおいでK.351/367b

モーツァルトはドイツ歌曲(リート)を多く残してくれた。リートは生涯にわたって作曲され、その数は30を超える。歌劇の独唱曲とは違い、短く劇的表現もごくわずかであるが、深い味わいがある。モーツァルトのリートはシューベルトに大きな影響を与え、ドイツを代表する音楽になっていった。さらに後のブラームスにも影響を与え、多くの人に愛されることとなったのである。

そんなモーツァルトのリートの中でもこの曲は私の大好きな作品の一つである。この曲は1780年11月から翌年の3月にかけての「ミュンヘン旅行」の際に作曲された。モーツァルトが24歳から25歳にかけて作曲されたものである。

モーツァルトは、ウィーン定住を始める直前に悲歌劇(オペラ・セーリア)「クレタの王イドメネオK.366」上演のためにミュンヘンを訪れていた。その上演準備の合間に完成されたと思われる。この詩の作者は不明であるが、「おいで、私の愛しいチター、僕に代わって彼女を慕う気持ちを伝えておくれ。」と歌っている。演奏はチターではなく、マンドリンであるが、チターの響きに似ていることから使われたのであろう。

曲はマンドリンの演奏から始まる。素朴な民族楽器のチターを模して、マンドリンが素朴な旋律を静かに奏でる。憧れと愛を込めた旋律が素晴らしい。想い人に心を打ち明けられぬ苦しみの表現は極力抑えられている。2分ほどの短い曲の中に天才のひらめきがきらきらと輝いている。チターという楽器へのモーツァルトの愛が感じられるのである。

私の愛聴盤は、オランダのエリー・アメリンクである(CD:フィリップス、PHCP-3581-2、1977年8月、オランダ、アンヘルム、ムジス・サクルム録音)。アメリンクは透き通った伸びやかな高音を効かせ、想い人への気持ちを控えめに歌っている。ベニー・ルーデマンのマンドリン伴奏もとても素晴らしい。