この才気、伊達ではない

「もういいや。さっさと朝ご飯食べてこよう……そうすれば、ちょっとは気分転換になるかもしれないし」

気を取り直して、少女は大通りを進む。やがてお目当ての「架け橋」という名の定食屋に辿り着き、そのまま店の中へ入っていった。チリンと入店を知らせるベルが鳴り、それを聞いた店主が入ってくるリリアの姿を見て、顔を綻ばせた。

「おう、お嬢ちゃんかい、いらっしゃい。随分久しぶりだねぇ。最近どうしたんだい?」

「おはようマスター。ま、こっちも色々あってね。さっそくだけどモーニングセットくれる?」

「あいよ。ちょっと待ってな」

中年の店主が気前よく返事をし、火の魔法を発動。炊事場に火を入れて、調理に取り掛かっていく。

まだぽつぽつとしか客がいない店内を見回し、定番の席に座ってリリアは鞄の中からペンと資料を取り出す。改めてそれを書き進める中、リリアは頭の片隅でエムスエラの現状を顧みていた。

領土拡張を狙うウルシュラに隣接していながら、未だ独立を保ち続けるエムスエラ。それを支えているのは単に外交の手腕と、ウルシュラすら抜くマギの技術があるためだ。

今より二年程前。ウルシュラの脅威に各国の代表が一所に集まり、会議を開いた。そこでエムスエラが持つマギ技術の一部開示を餌とし、会議に集った国々による「対ウルシュラ同盟」の結成を、エムスエラは提唱した。

長期に(わた)る話し合いの後、技術者の派遣やウルシュラが軍事行動を起こした際に共同して防衛に当たることなどを取り決めて同盟は成立。同盟国は協同して作戦を展開し、ウルシュラの侵攻を食い止めることに成功していた。

現在同盟国とウルシュラとで停戦条約が結ばれ、ひと時の平穏をエムスエラは得ている。

しかしだからといって、安心はできないとリリアは考えていた。

ウルシュラが停戦に応じも、戦争によって疲弊した国力を回復するためだ。現にウルシュラは各地で様々な工事を進めているというし、態勢が整えばたちまち牙をたの剥いてくるだろう。

そうなる前にこちらも戦力を増強しておくと共に、「魔獣への対応策も、考えておかなきゃいけない」独り言ちる。

どこからともなく現れ、目に入る人や物の尽くを破壊していく魔獣。

近年、出現する頻度は上がり続け、被害は増加の一途を辿っている。

今リリアが書き進めているのは、それに対処するための計画だ。これが機能し始めるには時間もかかるだろうが、魔獣は意思の疎通ができない分、ウルシュラよりもタチが悪い。一刻も早く計画を進める必要があった。

「ルティアス……あんたも早く、活躍させてやりたいしね」

工房の倉庫にしまわれた、成果の一つを思い起こす。故あってお蔵入りしているが、早くそれを活かしてやりたいと思うリリアであった。