プロローグ

西暦二〇四〇年、二十二年前頃から急速に高まった自国中心主義が蔓延し、世界では再び経済格差が広がりつつあり、各地で世界戦争直前のような緊張感が漂い始めていた。

二十世紀は、物質的な豊かさ、物の生産と消費、物への支配と所有が国力を表していて、それらを巡って争いや戦争が度々、そして各地に広がった時代であった。それが、今や、二十一世紀も半ばに近づき、物の支配がなくなったわけではないが、物から情報へ、情報から知識へ、さらに、情報を駆使して自国を守り、他国を支配しようとする知識・情報格差社会へ変わっていた。

すでに、情報の偏在や知識の格差が国力の差につながり、武器のない知識戦争といえる状態が続いていた。ネットワークはかつてないほどに世界に開かれていたのだが、各国間の閉塞感は百年以上前の大戦直前の状況に酷似していた。殊に米中の対立はすでに戦時中と言っても良いほどあらゆる局面で衝突が続いていた。世界的には、情報格差から取り残された国々の不満が大爆発する前に、何か起きて欲しいと(よこしま)な思いが人々を蝕み始めていた。

その年の秋、フランスの地球科学研究所の若手研究者であるアラン・ポール教授が、フランスとスペインの国境にあるピレネー山脈のフランス側オート・ピレネー地方のソンポール峠近くの山麓の崖を調査していた。

そこには約九百万年前の地層が露出している箇所があり、以前の調査で、地磁気の反転の分析結果が得られたので、詳しい調査を始めていたのである。表面の土壌を取り除いて、古い地層に当たった時、アラン教授は不思議な不連続な地層を発見した。

地磁気反転の分析が得られた地層が予想したより薄く、つまり急激に反転したように見られたことに加えて、その上下の層の様相が全く違って見えたのである。

その場所は、北緯約四十三度、西経約〇・五度の位置にあって、標高はほぼ千メートルの地点なのだが、地磁気反転層の下側の地層には、深度千メートルの深海に見られる貝類の化石が複数見つかった。念のために測定した塩分濃度も、海中の値を示したのである。もちろん、地磁気反転層の上側の地層には標高五百メートルから千五百メートルに分布する針葉樹類の化石層がつながっていた。

このことは、ある時にこの土地が千メートルの深海から数百メートルの高地に浮上したか、そうでなければ、深海千メートルに在った土地が何らかの理由で移動して海面が下がったということになる。

どちらであっても、これまでの常識では考えられないのである。津波では説明がつかない。アラン教授は、それぞれの地層の土壌サンプルと見つかった数十点もの化石を集めて、研究室でじっくり分析し、何が起きたのかを考えてみようと思った。