昨日の引っ越しは、荷物が少なかったからか、業者の手際の良い作業のお陰か、すんなりと終わり、今朝、愛美と愛花を連れ、市役所に行った。6階建ての年季の入った建物だった。1階の住民課の窓口で、転入届出書を提出し、2階の福祉課に行くように促された。

福祉課の窓口に行くと、高野というネームプレートを首からぶら下げた、めぐみと同年代ぐらいの長身の男性職員が席を立ったかと思うと、奥から小柄な女性職員が飛ぶように窓口に現われた。ネームプレートには、水谷と書かれていた。

水谷は、高野に提出書類の指示を出し、愛花の顔を覗きながら、「いくつですか?」と聞いてくる。愛花は嬉しそうに質問に答え、愛美への質問にまで答えている。娘たちは、水谷の絶妙な会話に興味津々の様子だった。その隙にめぐみは、高野が差し出した書類に住所や名前を記入していった。手続きが済むと、「何か困ったことがあったら電話してください」と水谷は名刺をくれた。福祉課主査、水谷さおりと書いてあった。

貰った名刺は、肩掛けバッグの内ポケットに大切に仕舞ってある。

水谷さおりのぽっちゃりとした横顔を思い出していた。

アイスを食べ終わった愛花が滑り台の傍の水道に手を洗いに行った。愛美が後を追い掛けていって、愛花が手を洗うのを手伝っている。すっかりお姉ちゃん然とする愛美だが、今、転校生はいじめの対象になるというから学校のことが心配だ。

愛美と愛花が手を繋いでベンチに戻ってきた。

「お母さん、愛美、お腹が空いたよ」

「あーたんも」

愛美の真似ばかりする愛花も続けて言う。その言葉に時計を覗くと、もう午後1時近くになっていた。めぐみは笑いながら答える。

「お母さんも。でも、ご飯はお家で食べようね」

今まで、こんな風に気楽に子どもたちを連れて買い物をしたことがあっただろうか。スーパーで子どもたちが実に楽しそうだったので、ついたくさんの食材を買い込んでしまった。

駅からかなり離れた何本目かの路地を入ると、めぐみたちの新しい住まいとなった木村荘がある。木造2階建てで1階4軒、全8軒の小さなアパート。

昨日、1階の左端のドアに原田の表札を掛けたばかりだ。

隣接のアパートの影になり日当たりはあまり良くないが、1階なので玄関側には自転車を並べる程度のコンクリ敷きと、反対側には一坪くらいの土の庭が付いている。

「はらだまなみ……なぐもまなみじゃなくなったのよね」と表札を見て愛美がつぶやく。

その大人びた物言いにめぐみはドキリとするが、聞こえないふりをしてアパートの鍵を開けた。

ずいぶんいろんな人に迷惑を掛けてしまった。生きてきた日々が断片となって散らばり、きちんと繋がっていない。弁護士の言う通り、ここで暮らすことで本当の自分を見つけることが出来るのだろうか。

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『転入』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。