第一章「新しい街」

街並みがどこか懐かしい。緩やかな坂を上って下ってまた上り、歩いてきた道を振り返る。

整備されたまっすぐな車道と自転車も通行可能な幅広の歩道。等間隔に植えられた街路樹の向こうに、通勤時に少しだけ賑わう簡素な駅舎が見えた。近郊市街地のありふれた風景が、陽炎の中にゆらゆらと揺れている。知らない人たちが暮らす街、T市。

原田めぐみは、6月中旬の昨日、小学3年の愛美と4歳になったばかりの愛花、娘二人とこの街に越してきたばかりだった。

朝イチで市役所へ転入の届け出を済ませ、今は、近所のスーパーで買い物をして自宅のアパートに帰る途中だった。大荷物を抱えためぐみとリュックを背負って息を切らしている子どもたちの姿は、人から見たらきっと滑稽に映っているだろう。想像すると笑ってしまいそうだが、めぐみには、見たこともない他人の出来事のようで現実味がない。

「早くーアイスウゥ」

「もうすぐお家だから、我慢しようよ」

めぐみはそう言ったが、袋の中のアイスが家に着くまで原型を留めているだろうかと心配ではある。

「あーたんは、喉が渇きましたの」

愛花は、リュックの中の水筒を取るために、リュックを下ろそうとする。

「お母さん、途中の公園でアイス、食べちゃおうよ」

愛美が言う。

「それもいいかもね」とめぐみが言うと愛花が飛び上がって喜ぶ。

「わーっ、やった! アイスッ!」

駅前から続くまっすぐな大通りは、駅前のマンションが建っている区画、来週から愛美が通う三山小学校がある区画を過ぎると、戸建て住宅が建ち並ぶ区画になる。そんな中に、ベンチと滑り台だけの小さな公園があった。

めぐみは、子どもたちと公園のベンチに腰掛け、プラスチックの容器に『かき氷イチゴ味』と書かれたアイスを買い物袋から取り出し、愛花には蓋を取って渡した。

「やっぱり、ちょっと溶けちゃったね」

「おいしいっ!」

愛花は、もう口に入れている。よほど喉が渇いていたのだろう、溶けた氷で手も口の周りもべとべとにしながら一気に半分ほど食べ、満足そうににっこりとする。

太陽の光が照り付ける中、外でアイスを食べるなんて初めてかもしれない。