そんな会話の中で彼が私に対して45年前と同じ呼び方をするのが気になった。

小鳥遊(たかなし)」とは読みにくい苗字なので、学生時代から皆は私のことを「ことり」と呼んでいた。彼もそうだった。付き合っている頃から私のことを下の名前で呼ぶことはなかった。恋人同士でも友達と同じ「ことり」で呼ばれていた。その呼び方を今彼がしていることに違和感があった。

親しみを込めてなのか、馴れ馴れしいのか、37年ぶりの再会とはいえもう少し改まった呼び方はないものかと思ってしまった。それに対して、私は一貫して「相原さん」と言うことにしていた。

私のせめてものアピールのつもりだったが、彼は気にも留めていない様子だった。食事はランチということもあり、リーズナブルな値段だった。お値段の割には良い食材を使っていた。普段の私ならきっと美味しくいただけただろう。けれども今日は味がまったく感じられなかった。彼との会話も何を話したのかよく覚えていない。

一回きりの再会だから……、次はないのだから、ゆっくり彼の顔を見ておきたいと思っても私の脳が現在(いま)の彼の顔を認識しない。45年前の彼の顔にしか見えないのだ。私たちは一気に45年前に戻ってしまった。彼も私も一緒に過ごした日々を覚えていた。あの頃の甘く切なくキュンとした胸の高鳴りが蘇り、45年間の空白を埋めていくようだった。

一時間半の短い再会……。彼に携帯のメールアドレスを教えた。食事が終わると大阪駅まで送ってくれた。大阪駅御堂筋口、45年前は東口と呼ばれていた。

「初めてのデート、ここから京都の保津峡に行ったこと覚えている?」

「いや、ことりよく覚えているなぁ」

改札口で向き合って握手をした。

「じゃあ、ここで。ことり……今日はありがとう。人がいなかったら、抱きしめたいな」

私も同じことを考えていた。ここが大阪駅ではなく、海外だったら、きっとハグする場面に違いない。

「……何か、泣きそうになるわ」

やっとの思いで答えた。彼はホームに向かう私に手を振り、振り返ってもまだ振ってくれていた。45年前もこんなことがあったね。涙をこらえるのがやっとで列車に乗り込んだ。

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※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 終恋 —SHUREN—』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。