【前回の記事を読む】性同一性障害の元女性が語る「小学4年生の時に好きだった子」

居場所

最後にお別れの言葉を言う時が来た。僕たち代表者三人と六年生が向き合うように一列になった。僕は一番に言うことになった。僕は中澤さんを正面からちゃんと見つめた。しかし、中澤さんと視線が合いそうになり僕はその目を反らしてしまった。

「こんな自分に優しく教えてくれたり、明るく話しかけてくれて本当は嬉しかったです。今までありがとうございました。卒業しても頑張ってください」

何かを伝えたいと思ったにもかかわらず、僕のメッセージはとても短かった。本当はもっと心から感謝していることを伝えたかった。それでも頭の悪い僕に人の心に届く言葉など見つかるはずもなかった。あまりにも内容のないメッセージに申し訳なくなって僕は俯いた。

「はい」

中澤さんの声だった。中澤さんだけが僕の言葉に返事をしてくれた。僕は顔を上げた。その時に中澤さんと初めて目が合った。優しいまなざしだった。あまりにも幸せで、目が離せなかった。ドキドキする。

中澤さんの口元が徐々に緩んでいくのが分かった。僕も嬉しい時は、そんな風に頬や口元が緩む。中澤さんの心が見えた気がした。中澤さんとちゃんと正面から目が合ったのはそれが最初で最後かもしれない。

卒業式、僕は中澤さんの制服姿に釘付けとなった。女子のスカート姿はいつだって魅力的だ。中澤さんの真剣なまなざしで歩いて行く姿はいつもよりも大人びた表情に見えた。彼女は誰よりもきれいだった。

それから数日後、友達の森君の家から帰る途中だった。凍える寒さの街中で半ズボンを穿いていたため身を震わせながら歩いていた。彼女の卒業後も僕はずっと中澤さんのことを考えていた。会いたくて心の中で何度も願った。すると、中澤さんが正面から現れたのだ。

自転車に乗っていた。僕は自分の目を疑った。すれ違う時に目が合った。僕は驚いて振り返った。彼女も何度も振り返りかけていた。そして彼女が自転車を止めて振り返ろうとした瞬間に僕は正面を向いた。

あの時、中澤さんが振り返ろうとしてくれたことが嬉しかった。この瞬間の幸福は今もはっきりと覚えている。それが彼女との最後の記憶だ。こうして僕の長い一年が終わった。あの時の僕はとても幸運だった。三十歳を迎える僕の記憶には当時の、十二歳のままの彼女が今でも微笑んでいる。