「お役に立てたならよかったです。じゃあ……」

真弓はあっさりと答えて津田に背を向けかけた。

「あの!」津田が呼び止める。

「佐々木さん居酒屋って行きますか? もし迷惑じゃなかったら、今度一緒に飲みませんか?」

津田は、この際だからと思い切って言ってみた。

「……」

真弓は男性に飲みに行こうと誘われたのがあまりに久しぶりで、きょとんとしてしまった。

「あ、嫌なら……」

明らかにトーンダウンした津田の声に反応するように、真弓はパッと顔を上げた。

「行きましょうか」

津田がほっとしたように微笑んだ。なぜだろう。今朝はちょっと苦手だなと思ったのに、今は正直そうな津田の目を見て、なんだか話してみたいと思った。

「ありがとうございます! あの……メアドおしえてもらえますか?」

津田はスタッフジャンパーのポケットからサッとスマホを取り出した。

「え? あ、はい」

真弓はすっかりかじかんだ手でスマホをバッグから取りだした。体育会系の雰囲気におされた感じだったが、なんだか気持ちが温かくなった。それにしても寒さで指がうまく動かない。四苦八苦している真弓を見て津田が微笑んだ。真弓も急に照れくさくなって、はにかんで笑った。

数日後、真弓に「明けましておめでとう」の挨拶と、初詣のお誘いのメールが入る。津田からだ。なんだか心がくすぐったい。初詣なんて、もう何年も行っていない。

ぎりぎり松の内の明日、休暇の初日。真弓は津田と初詣に出かける約束をした。うれしいような、ちょっと緊張するような。……なんだっけ? この感覚。

多くのひとが仕事始めを迎える頃からが真弓の休暇だ。今度の休暇は、ひとりぼっちではなさそうだ。大きな石鳥居の柱から少し離れて、早めに着いた真弓が津田を待っている。真弓を見つけて駆けてきた津田が、息を切らして少し長めの前髪をかき上げる。

「すみません! 待ちました?」

軽く肩で息をしている津田に、真弓は唐突に言った。

「津田さん、おでこ出さない?」

「え?」

ぽかんとする津田に真弓が微笑みかける。

「髪。短いほうが、もっとかっこいいよ」

「……!」

かっこいいなんて言われて、津田はちょっと照れてうつむいた。どうしても目元、口元が緩んでしまう。

「……マジすか?」

「マジです」

真弓もなんだかおかしくなって笑った。二人は静かに鳥居をくぐる。かじかむ手を合わせてなにを祈るのだろう。願わくは今この瞬間が、ささやかな幸せのはじまりでありますように。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『願わくは今この瞬間が、ささやかな幸せのはじまりでありますように』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。