旅立ち

年の暮れ。世間は正月飾りやおせち料理を買い求める人でごった返している中、俺はというと相変わらず畑仕事に奔走し、収穫した野菜や手作りのお惣菜を直売所に陳列していた。大晦日の前日。ようやく今年の仕事が一段落し、俺も正月飾りを買いに町へ下りた。

空気が冷たかったのでコンビニに立ち寄りおでんを買い、車で熱々の大根やはんぺんをほおばっていた。おでんを食べ終え、車のエンジンをかけようとした時、一件の着信が入った。高校の野球部仲間である増田竜治くんからだった。

「元気にしてた?」

「そこそこ元気。竜治くんこそ元気にしてた?」

「俺は元気過ぎるくらい元気。それはそうと美貴と付き合ってるんだって?」

「よく知ってるね。野球部の仲間から聞いたの?」

「うん。ご両親のところには挨拶に行ったの?」

「何回か行ってるよ。親父さんとはもう将棋仲間」

「そっか。いろいろと難しいんじゃないか? バツイチだし子供もいるし。養っていくのにお前の身が持たなくなるんじゃないかと心配してさ。それで電話したんだよ」

「気遣ってくれてありがと」

「お前、美貴のことずっと好きだったもんなあ。だから諦めたくないんだよな。俺も野球部のよしみだ。何かあれば応援するぜ」

「分かった。そういえば、竜治くんって将棋が得意だったよね? 確か将棋部の大会がある時に人が足りないと助っ人で呼ばれてたじゃん? 強いんでしょ? 今度教えてよ」

「高校レベルだぜ。それでもいいのか?」

「いいとも。俺、ド素人だからさあ。さっぱり分かんないんだよ。それに、親父さんが『勝てば何を望んでもいいぞ』と言ってたから」

「じゃあ、お前……『娘さんをください』とでも?」

「そのとおりさ」

「なるほど。じゃあ、三が日暇か?」

「元旦とその翌日ならOKだよ」

「分かった。それじゃあオンライン対戦ができる近くのゲーセンを探してくれ。みっちりしごくから」

「ホント?」

「ああ、いいとも。その後も互いのスケジュールを見て対戦しようぜ。スマホ版の無料ゲームも紹介するから。畑仕事で忙しいだろうから、スキマ時間を利用して少しでも将棋を覚えられたらいいじゃん? お前高校の時頭良かったんだし、飲み込みも早いんじゃないか?」

「別にそれほどでも。とにかくありがと」

「結婚したいんだろ?」

「そりゃあしたいさ。三人で一緒に楽しい日々を過ごすのが俺の今の夢。早速、スマホでオンライン対戦ができるゲーセンやショッピングモールを探すよ。なんせ田舎だからなあ。近くにはないと思うんだ。見つかったら連絡するよ」

「分かった。待ってる」

電話を切り車のエンジンをかけ、コンビニから車道に出た。家に帰りスマホで検索し、近くのゲーセンやショッピングモールを調べ上げ、やっと一か所見つけた。車で片道一時間もかかる場所だった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『ライオンと鐘鳴らす魔道師』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。