「今、コイツらに言うとったんやけど、ヤクザが喧嘩で己のドスを落として逃げ帰ってくるこたぁ、天地がひっくり返ってもないちゅうてな、それも素人の学生相手にや」

そう言うと伊達さんは横の浅井の顔をのぞきこんで、「ところでオマエはどないしとってこれ落としたんや?」

伊達さんはとぼけて聞いたが、浅井は言葉が出なかった。

「そやけど野村、これが浅井のもんやと、ようわかったなぁ。まぁ、そんなことはどないでもええわ」

伊達さんの頓知を私たちは下を向いたまま聞いていた。

「おい、浅井」

伊達さんの低い声に浅井の体が小さく震えた。

「それはそうと、その顔はどないしたんや? ヤクザの顔は安ないぞ」

「ちょっと、転びまして」

浅井は委縮したまま、なんとなく空気が読めたのか適当な答えを返した。

「あっ、そうか」

伊達さんはポンと小さく膝打ちして、「浅井、オマエなぁ、女の尻ばっかし見とるさかい蹴けつ躓まずいて転ぶんじゃ、そんでその拍子にコレを落としてしもたんか? もう女はええ加減にせんと承知せんぞ、それも若い女は。解ったか! 今回はコイツラが拾ろてくれたけど、次はこないうまい具合にならんぞ」と、再び伊達さんは委縮した浅井の肩を引き寄せて念を押した。

浅井は呟くような返事をして、深く頭を下げた。清子に手を出すなと、暗に忠告してくれていることに私は感謝した。

「野村、ヤクザとは付き合うなと言うたけど、この浅井はヤクザ不適格者やから心配せんでええ。それから浅井、ワシがこないに言うとる意味解るな!」

ドスの効いた重い響きに私ら三人の背筋が伸びた。

「浅井、これでこいつらに美味いもんでも食わしたれ。ドス拾うてもろた礼にや」

伊達さんは尻のポケットから万札でパンパンになった鰐わに皮の財布を出し、数えもせず適当に抓んでテーブルの上にポイと出した。

「おい、早ようこの物騒なんしまわんかい」

伊達さんはナイフに視線をやった。

「すっ、すんません」

浅井は札をしまう間もなくナイフを手にしてポケットに入れた。

「ほな、野村とそっちの兄さん、なんぞ、コイツに奢ってもろうてな」

一刻でも早くこの場から離れたかった私たちは示し合わせたように直立し、揃って深々と腰を折った。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『わくらば』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。