【前回の記事を読む】噂好きの店員が告げた衝撃の一言に「白けた気分が吹っ飛んだ」

栗原周平とは、ハローワークの求職者向けのセミナーで出会った。三年前のことだ。当時、失業中だった周平は、左沢が講師をするコンピューターのセミナーに参加していた。セミナー終了後、左沢は、周平にプログラマーのセンスありと見て、彼を自分のアシスタントとして使いながら一人前のプログラマーに育てることにした。その期間、周平は収入の不足を補うため、内川が経営するこのコンビニの店員としても働いた。

そして現在、左沢が見込んだとおり、自立し、信頼できる、かけがえのないパートナーに成長した。もう左沢の支援がなくてもひとりでやっていける。彼の胸は将来への夢でパンパンに(ふく)らんでいたはずだ。その周平が心中するとは、とても信じられない。滝山みどりという名前も聞いたことがない。心中するほどの深い仲の女性なら、一度や二度は周平の口からその名前は聞けたはずだ。とはいえ、周平のことをどれだけ知っているかと問われれば、いささか心許ない左沢でもあった。

個人情報の保護とかで、周平と出会うきっかけになったセミナーで、左沢にハローワークから渡されたのは、姓名と年齢と高卒大卒の学歴区分が載った名簿だけだった。だから、周平がアシスタントとして左沢のマンションに出入りを始めたとき、周平について知っていることといえば、彼が自分より八歳若く高卒であるということだけだった。

周平は、アシスタントになってからも自分の過去を進んで話そうとはしなかったし、左沢から訊くこともなかった。また、左沢自身も、ある理由で自分の過去を話題にすることを避けていた。だから三年間の付き合いで積み増した周平のプライバシーは、彼が福島県の浜通りの出身であることと、失業するまでは軽運送の会社で配達員をしていたことぐらいだった。これは周平の側からも言えることで、周平の知る左沢のプライバシーは、かつては大手銀行の行員だったこと、現在はフリープログラマーとフリーライターの二足のわらじを履くフリーランスであることぐらいのはずだ。

悪い夢でも見ているような気持ちで十六階の自宅に戻り、すぐパソコンに電源を入れた。メールソフトを起動し、周平発信分だけの取り出しを指示すると、メールタイトルのリストが画面を下から上にスクロールし、十月十二日付のタイトルで停止した。その最下行のタイトルをクリックすると、本文が表示された。