「透さんのおかげです、間に合ってよかったです!」

坂口は安心したのか、半分泣きそうな表情になっている。

「次からはもう少し早く相談してくれよ、これじゃあ確認じゃなくて一から作ったようなもんだぞ」

「披露宴の出し物全力でやりますから、それで許してくださいよ」

「それはそれ、これはこれ」

冗談交じりにからかって反応を楽しむ。

大学時代の後輩ということもあって、殺伐とした職場の空気が和む坂口とのこの時間はほんのひとときの安らぎだ。こうやって坂口の作った資料を添削するのも、大学生のときに卒論を見てあげていたときのことを思い出してなんだか懐かしい。

社会人になってもあのころから二人の空気感は変わっていないし、むしろ以前よりもお互いを信頼しているような気がする。

「先輩はいいですよね、仕事もできるし、雪野先輩みたいな可愛らしくてしっかり者の彼女がいるし。あ、もう婚約者か」

「うらやましいだろう」

「本当ですよ……あ、先輩。今日は雪野先輩との予定があるんでしたね」

「雫、坂口のこと怒ってたぞ」

「──っえ?」

坂口は目を見開いて硬直している。学生時代はどちらかというと僕の方がからかわれていたのに、社会人になってからはそれが逆転したようで、やっと先輩として認められた気分だ。

もう少しこのやり取りを楽しみたい気持ちもあったが、今日はそんな時間もない。そろそろ帰り支度をしなければ。

「冗談だよ。頑張ってね、だって」

「びっくりしたー。じゃあ雪野先輩にはありがとうございます、ってよろしく伝えておいてください」

「わかった、伝えておくよ。残りの資料の出力は頼んだよ。じゃあお先」

お疲れ様です、とまだ数人残っているフロアを見渡して声をかける。足早にエレベーターに乗って外に出ると、日中とは打って変わって少しだけ肌寒い。

外はもう真っ暗だ。腕時計に目をやると時刻はすでに十九時四十五分。約束していた時間より、一時間近くも遅くなってしまった。

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※本記事は、2022年2月刊行の書籍『スノードロップ 』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。