第3章 スピンラザ投与前

1 あるボランティア団体

二つ目の夢として、あるドラマで主人公を演じた俳優に会いたい理由は、その主人公が「かける」という名前だったからです。かけるくんのお母さんは、そこから名前をもらってかけると名付けました。かけるくんは、自分の名前の由来となった役を演じた俳優に会いたいと思ったのです。

三つ目の夢として、あるプロスポーツの選手に会いたい理由は、かけるくんはそのスポーツが好きで、熱烈な地元チームのファンだったことです。その選手が努力して活躍している姿が、かけるくんの心を打ったと言います。その後、あるボランティア団体と何回かやりとりがあり、「アメリカの臨床試験をやっている先生に会いたい」「ある役柄を演じた俳優に会いたい」という夢を実現するのは難しいことがわかりました。

そして、「あるプロスポーツの選手に会いたい」という夢が、2016年7月に実現しました。かけるくんは、その選手と会うために本拠地の練習場へ行くことになりました。

その選手がかけるくんを見たとき、相当、戸惑ったのではないかと私は思っています。かけるくんくらい手足に障害があるのに普通に会話ができるという人を、医療関係者以外で見る機会は少ないでしょう。私自身、小児科医でありながら、かけるくんに出会うまで脊髄性筋萎縮症の患者さんを見たことがなかったわけですから。

かけるくんとその選手が会っている写真を見せてもらったことがあります。あるボランティア団体との約束で、この夢に関する写真をお見せすることができないのですが、写真に写っているその選手の顔は、「戸惑っている」と「笑っている」の間くらいの表情をされているのが印象的でした。笑おうとしているのだけど、戸惑っていて本当に心から笑うことができないという感じです。

いつかその選手に会う機会があったら、かけるくんと会ったとき、どのように感じたのかを聞いてみたいと思っています。この時期に、かけるくんのお母さんからいただいたメールには、「私たち家族は、昨年の夏、岩山先生に会えたことを感謝しております。かけるが自分の病気を受け止め、さまざまなことに前向きに考えるようになりました。かけるは、岩山先生に会えて強くなりました。親としては、心の財産を得た思いです」と書かれていました。

後にかけるくんに話を聞いたときも、「このとき、あるプロスポーツの選手に会うという経験をしていなかったら、受験勉強も遺伝子治療も頑張れなかったと思う」と言っていました。このボランティア団体のサポートで夢を叶えることができたのは、かけるくんにとって大きな転機だったのです。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『希望の薬「スピンラザ」』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。