【前回の記事を読む】犯人未詳、被害者の情報収集も難航…捜査一課に飛び込んできた殺人事件の調査

第一章 屈折した凶行

吉岡は無言で頷く。一課の班長と鑑識の現場検証の班長が教え子だとは、俺も年を取ったものだと思う。こいつらとは警察学校時代に初めて出会い、一回りも下の学校出たての素人だった奴らが、こんな活躍する姿を見ると感慨深いものがある。

松山は昔から変わらない、安定した落ち着きと精神状態を保っている。学校時代、同期生から「おっちゃん」の愛称で慕われていた。かたや豊永は、入校当初から気が弱く、自信なさげで心配したものだ。一度解剖の研修に行った際、解剖中にゲェゲェ吐いて、その日の夕飯が入らなかったことがあった。それが今や殺しの特捜班長だ。

以前吉岡が「もう、ご遺体は平気か?」と聞いた時「実は今でも苦手で死体は見たくありません」と打ち明けていた。

吉岡も豊永には「俺も検視官やけん、ご遺体はどんな状態でも平気だ。でもな、現場でゴキブリが出たら腰を抜かしそうになる。検視してて、その横をゴキちゃんが這ってたら駄目だ、どうにもならん、生理的なもんだ。嫌なのは理屈じゃないんだ、気にするな」と話していた。以来、このことは二人だけの門外不出の秘密となっていた。

吉岡は鑑識が写真を撮る中硬直を採っていく。既に全身に硬直が相当来ている。「半日は経っているな……」吉岡は呟いた。

黒のパンツに白のブラウス、その上に春もののグリーンのカーディガン。年齢は20代、やせ型、ショートカットのうりざね顔の女性、結構小柄みたいだ、相当な美人と見て取れた。吉岡は一人で呟きながら全身を見ていった。

「何かあるぞ? ここ……首付近、ネックレス以外に何かぶら下がっている」

鑑識の写真と並行してブラウスのボタンを外すと紺色のネックストラップが現れた。引っ張り出すと、「福岡通信社」の記者証が。更に、パンツの右ポケットから携帯電話も出てきた。

「報道部・北川玲奈」

その場で全員に更なる緊張感が走った。豊永は急いで記者証を携帯で写し取り一課長のところへ走り出した。一課長のところでは、広域管理官を入れて3人で路上会議が始まっていた。

「さて、そろそろご遺体搬送しようか、パウチ(死体搬送袋の通称)持ってきてくれ」