第3章 スピンラザ投与前

1 あるボランティア団体

今回の記事以降では、私と出会ってからスピンラザを投与するまでのかけるくんの生活を紹介したいと思います。私と出会ったことでかけるくんの人生は大きく変わっていきました。私とかけるくんが初めて出会った2015年の時点で、脊髄性筋萎縮症の臨床試験が受けられるのはアメリカだけでした。

もし本当に臨床試験を受けるとなると、たくさんのお金が必要になることが予想されました。かけるくんの家は普通の家庭なので、臨床試験のために何千万円も集めることはできません。私はお金を集める方法に募金を想定していたのですが、多額のお金を募金で集めるためには何が必要なのかを考えました。

かけるくんが「アメリカで脊髄性筋萎縮症の臨床試験を受けたい」と言うだけでは募金が集まるとは思えません。人の心を動かす決め手が必要です。私はその答えとして、かけるくんが自分の夢のために頑張っている姿をほかの人たちに見せることだと思いました。障害があっても頑張っている少年を応援したいという気持ちが募金につながると考えたのです。

そのとき、かけるくんは高校1年生だったので、まずは大学受験を目指すことにしました。また、あるボランティア団体にも応募しようということになりました。(※あるボランティア団体について詳しく書きたいのですが、契約で団体名などを詳しく書けないことをご了承ください)

あるボランティア団体は、難病の子どもたちの夢の手助けをするために設立された団体です。もともと白血病のお子さんの夢を手助けするために設立されたので、白血病などの血液・腫瘍疾患のお子さんが多い傾向にありました。一方、脊髄性筋萎縮症を始めとした小児神経疾患の患者さんは、あまり登録されていない状況でした。

しかし、間違いなく脊髄性筋萎縮症は難病です。かけるくんと相談して、「アメリカの遺伝子治療の臨床試験をやっている先生に会いたい」ということを夢にして、そのボランティア団体に申請することにしました。夢が叶ったら、その団体の会報に、病名、名前、年齢や写真も載せていただけます。多くの人にかけるくんの名前を知ってもらえたら、募金活動のステップになるかもしれません。

そして、何よりもかけるくんが勇気をもって前に進むきっかけになることを祈って申請を出しました。申請するとき、治療に関わることはその団体としてサポートすることはできないことを確認されました。申請をして2週間ほどしてから、そのボランティア団体から審査が通ったと連絡がありました。担当の方が3人ついて応援してくれることになりました。

かけるくんも、学年末テストで学年10番以内に入ることができるよう勉強を頑張ると決意していました。少しずつ、物事が動き出しました。そして、そのボランティア団体の担当とかけるくんが、夢について面談することになりました。夢が実現可能かどうか、また団体の趣旨とあっているかなどを相談するのです。

そのボランティア団体から二人の男性がいらっしゃいました。申請のときに出した夢に加えて、あと二つの夢を考えてほしいと言われました。

かけるくんが提出した3つの夢は、

・アメリカの臨床試験をやっている先生に会いたい
・あるドラマで主人公を演じた俳優に会いたい
・あるプロスポーツの選手に会いたい

というものでした。

アメリカの脊髄性筋萎縮症の臨床試験をやっている先生に会いたい理由は、直接会って今の治療の現状を聞くことと、研究に自分を使ってほしいという気持ちを伝えることでした。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『希望の薬「スピンラザ」』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。