「南雲さんはここで何をしていたの?」

まさかこの謎の円に魅せられて、ずっと座っていたわけではなかろう。

「ただの暇潰しって感じかな」

彼女はそう答えると再び夜空に目を向けた。風太はその横顔に思わず見惚れてしまうが、ずっと見惚れているわけにもいかず夜空を見上げる。何気なくオリオン座を探した。風太はオリオン座が好きだ。とても見つけやすいからである。しかしオリオン座は冬の星座であり、夏を迎えたばかりのこの季節に見つけられるはずがないことを風太は知らなかった。いわゆる馬鹿である。小学生からやり直してはどうか。

「早く家に帰って布団でぬくぬくしたいとか思わないの?」

風太は己の怠惰ぶりを晒すような質問を南雲さんにしてみた。南雲さんが前にもコンビニで暇を潰していたことを思い出す。彼女は何ゆえ暇を潰したがるのか、風太は気になって仕方なかった。風太にとって仕事を終えた後の時間はダラダラの時間である。外で時間をもてあそんでいる場合ではない。いかに有意義な布団生活を送るか、その研究に没頭せねばならないのだ。しかし、南雲さんは風太とは違う。

「私、夜に家で一人って状況が嫌なの。でも誰も家には入れたくない」

おかしな二律背反を抱えているものだな、と風太は思う。

「誰かと一緒にいたいの?」

南雲さんともあろう人がそんな感情を持つはずがないと思いつつも、少しの期待を込めて風太はそう聞いた。もし本当に誰かと一緒にいたいのなら、私がその役を買って出よう。一時間、二時間の話ではなく一晩中でも構わない。寝るなと言うのなら寝ない。しかし予想通り、「そういうのじゃないの」と言われた。そして彼女は夜空から視線を落とすと力なく笑うのであった。

「家に一人でいると無駄なことばかりが頭に浮かんできて厄介なのよ。だから今はただ、眠くなるまで時間が過ぎるのを待っているだけ」

男女二人きりの公園だけれど、南雲さんの心はロマンティックの欠片も感じていないのだろうと、風太は虚しくなった。すると南雲さんが唐突に聞いた。

「風太君は私の書く物語を面白いと思う?」

当然、風太は肯いた。

「面白くないはずがない」

風太が彼女の方を向くと丁度目が合って、彼女が微笑むのが見えた。そして「じゃあ、」とさらに風太に聞いた。

「風太君は私の書く物語、好き?」

「……ああ、もちろん」

そう言いつつ風太は彼女から目を背けてしまった。しかしどこに焦点を移せばよいのかわからず、ウヨウヨと視線が泳ぐのである。

正直に言うと、今の答えは少し嘘だ。南雲さんの書く物語は面白い。彼女独特の文体から綴り出される面白さは確かなものであり、嫌いになるはずがない。しかし好きかと問われると風太は少し言葉に詰まる。彼女の物語よりも不出来な内容だが、彼女の物語より好きになってしまう作品を風太はたくさん知っていた。

あるモノが面白いからと言って、それを好きになるわけではないのが人間という生き物だ。これは一流漫才師よりも三流俳優の方が黄色い声援を浴びることからもよくわかる。

南雲さんも風太から目を逸らすと、「そっか」と小さく呟いた。風太の心を読まれたかどうかはわからない。風が風太と南雲さんの間を抜けていくと、どことなく風太を寂しくさせた。地面に描かれたいくつもの円が、いつの間にかより一層不気味に見えるようになっている。

風太は九官鳥と布団を恋しく思った。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『人類の敵』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。