イタリア商人は、単にモノの流通に専念しただけではありませんでした。広域商業を効率よくやるためにどうしたらよいかと考えるようになりました。

資金を集めるための会社組織を生み出し、利益と損失を分配し、その処理のために複式簿記法を案出し、保険制度もつくりだしました。取引の実践のなかで、現金抜きの融資、手形取引、先物取引の新たな方法が生み出され、間もなくそのルールも整えられました。これにより、商業ビジネスが展開しうる空間的・時間的規模が決定的に拡大しました。

その際、東洋から取り入れられた(一二〇〇年頃)アラビア・インド数字(ゼロを含む)が筆記による計算を容易にしただけでなく、競争相手でありパートナーであったアラブ人の取引法・計算法がいくつも模倣されました。共同出資や共同経営、資本提携のための様々な法形態も開発され、有限責任による資本参加も端緒的ながら登場しました。遠方での商用の便をはかるため、小切手や為替手形を導入しました。異なった貨幣単位との間の両替を保証しました。

キリスト教会が厳禁する利子付き預金を、複雑な裏操作によって合法化したのもイタリア商人でした。中世のキリスト教の教えは、金貸し、利子をとっての融資を「高利貸し」として、「申命記」に言われるように、少なくとも「同胞」に対しては禁じていました。キリスト教徒からキリスト教徒への利子を伴う貸し付けは、その限りで禁じられました(金貸しにユダヤ人が多かったのは、主としてこのためでした)。

しかし、時とともにキリスト教のこのような姿勢は弱まり、発展を続ける経済の現実と矛盾せぬような解釈が施されていきました。さらに、利子の禁止を回避し、もうけの多い信用業務をキリスト教徒にも可能にする多くの方策が考えだされ、商業資本主義がキリスト教に規定された社会的道徳によって損なわれることはほとんどありませんでした。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『劇症型地球温暖化の危機を資本主義改革で乗り越える』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。