「くだらない」

感情を押し殺して告げる。そんな叶わぬ願いは捨ててしまえばいい。そうすれば、こんな狂ったような叛逆は起こさなかっただろうに。

「あぁ、そうです。この世界は、くだらない」

欲しいものは絶対に手に入らない。それが悔しくてならない、と男は口にして輝く剣を放り投げる。太陽の間にカランカランと音が響き渡る。カラカラに乾いた、どこまでも虚ろな音だ。

「私はあなたが欲しくてならない。手に入らないのなら――」

男が背にしていた弓を構える。元服の祝いにと、私が授けた弓だ。弦に矢が(つが)えられると、それがキリキリと音を立てて軋む。色とりどりの鳥の羽で飾られた、豪奢な矢。

弓の名手たる男のことだ。放たれれば狙い違わず、私の胸を射抜くであろう。

命を懸けた告白だ。もはや笑って一蹴することもできまい。

「私の夫はこの国だけだ」

毅然としてそう告げたが、その言葉はどこか虚ろを孕んでいる。

疑念が頭を掠めるが、熟考している時間はない。そうやって、そうあろうとして生きてきたのだ。国にその命を捧げたために、女の生命は時を止めている。民の太陽であり続けること。それこそが彼女が生き続ける意義であった。

……私は、彼について行けない。途方もない空虚が胸を満たす。

あぁ、もしかしたら私は……私は、どこかで彼の想いに応えたいと思っているのだろうか。姉のように……息子のように……恋人のように、手塩にかけて育てた、私の大切な……。

朝を告げる鳥がひと際甲高く鳴く。宮中の人々が目覚めてしまう。直に異変に気づいた近衛たちが入ってくるだろう。

「どうやらお別れのようです」

寂しそうに男が目を細める。

「そのようだ」

殺されても構わない。それも薄情な私の、愛情の表明になるだろうか。

そんな考えが頭をよぎったが、私の死後、他の誰かに彼を殺させるには、あまりにも私は彼のことを大切に想いすぎていた。

矢が放たれる。案の定、それは寸分違わず私の胸を狙っている。

私は……。

矢じりを掴む。矢の勢いを殺しきることはできず、プツッと手のひらが裂ける音がする。矢を握る手の力を更に強くし、羽飾りで止める。

私は……。

胸に食い込んだ矢じりに血がにじむ。握りしめた羽飾りから血が滴る。

私は……誰にも彼を、渡したくない。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。