三 二人の軌跡

財前(ざいぜん)啓一が大手鉄鋼メーカーの専務取締役を最後に、四二年間のサラリーマン生活に別れを告げて五年になる。妻の節子を口説き、東北の山奥に引っ越して二人で農業を始めたが、ようやくここへきてそれが軌道に乗り始めていた。農業といっても畑はごく小さいものだ。

購入した土地は、水源を含む一〇万平方メートルの山林であるが、ほとんどが原生林である。その原生林を三〇〇〇平方メートルほど開墾(かいこん)して自宅と畑にした。森に囲まれた一軒家は地元の大工さんに建ててもらった。無垢(むく)の総ヒノキで造られた家屋は瀟洒(しょうしゃ)で、随所(ずいしょ)に大理石が使われている。都内で同じものを購入すると、数億円はするだろうと友人は言う。

老夫婦だけの住まいだが、節子の希望で平屋の一部を三階建てにした。三階はお風呂専用フロアだ。洗い場を広く取り、シャッターを開ければ露天風呂になる。そこから外を眺めると、広大な森に浮かぶ湯船に浸かっているような気分が味わえる。バスタブはヒノキ造りで横一メートル五〇センチ、縦二メートルある。深さは七〇センチと四〇センチの段違いにした。

節子の楽しみは、若いころからの温泉巡りだ。それは夫婦に子どもができなかったことに起因(きいん)する。二人が結婚したのは啓一が三一歳、節子は二七歳だった。社内結婚である。節子は寿退社をしたが、すぐに子どもをつくるつもりでいた。啓一も、いずれ二人くらいはと考えていたが、まさか一人もできないとは思わなかった。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『香倶耶という女性』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。