第一章 第一発見者

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気になることがあると右手を頬に当てて考え込み、それが解決されるとやったとばかりに頬をパシリと叩く。その際、口を縦に半開きにさせると、ポン! といい音が出て、その音とともにストレスも出ていって、俺は満足する。これは若い頃からの癖なのだが、いつまで経っても、ポン! が出せない難問にぶち当たり、俺はすっかり参っていた。

それは三年ほど前のこと、自分の街のある異変に気がついてしまったのだ。いや、異変というにはまだおぼろげで、謎に近いものだった。なぜそんな謎に気がついてしまったかといえば、当時の俺が置き薬の営業をやっていたからかもしれない。営業といっても、ほとんどが顧客の家々を回り、置き薬の補充を行うのが業務だった。

面白くもない仕事だったが、面白いか面白くないかなど考えることは意味がなかった。その時の俺には家族がいたし、家のローンもたっぷり残っていたのだ。スーツズボンに会社貸与の青いヤッケといういでたちで、毎日営業車に乗り移動して回っていたから、街を眺める機会が多かったわけで、その変化にも敏感だったのだ。

しかもただぼおーと眺めていたわけではない。当時の俺の趣味は、柄にもなくデジカメで街の景色を写すことだった。生まれ育ったふるさとの街、変わっていく松平市の景色を写真に収めることに、俺は熱中していた。これといった特別な場所ではない。都心から何十キロも離れた地方都市で、東西を利根川と荒川が流れている。

偶然のように新幹線も高速道路も通っているけれど、交通の要衝というわけでもなく、街並みはとても垢抜けているとはいえない。郊外には葱畑などの田園が広がる、いわば田舎の地方都市だ。けれどもここが、ここしか、俺のふるさとはない。

子供の頃からするとだいぶ街の景色は変わってしまったが、どこがどう変わってしまったのか、今では定かでない。ついこの間のことでもそうだ。何か違う景色が生まれると、その前にどんな景色があったのか、すぐに覚束なくなってしまう。変わっていくことが嫌なのではない。忘れ去られていくことが、少し寂しいのだ。それで変わりゆく街の景色を、記録するために、記憶に留めておくために、写真に撮るようになった。

営業で街を巡っている時、いたる所の街角で、車を停めてデジカメで写す。見慣れた景色の中に、ちょっとした変化があれば俺は目ざとく見つけることができた。今まであった建物が取り壊され、違う建物が建てられる。これまで田んぼだったところが埋め立てられ、建売住宅が並び建つ。それは異変でもなんでもなくて、何年も前から繰り返されてきた街の変化に過ぎない。その中にいつの頃からか、異変が混ざり込んでいたことに気づくことなく、俺はのんきに写真を撮っていた。安物のデジカメでは無理と分かりつつ、いずれ個展でも開けたらいいなあ、などという図々しい願望もどこかで抱きながら。