2章 責任構造物としての防災施設の使命

土堤への妄信が河川の役割を妨げている?!

科学的解明の遅れと無知、行政の前例主義の重大な誤り

河川は、海抜に向かって流れる高低差をつくりそれに沿って河床を設定し、天井川にしないことが原則である。現在では、河川を掘り下げる施工技術は全く問題ない。河川の容積を増やし、流速を速めるための新規技術の導入が急務である。

現存する堤防を安全の象徴としてきた土堤原則は、現実に自然の洗礼を受けて次々と崩壊している。これは全て科学で解明できる内容であり、不思議でも奇怪な現象でも想定外でもない。

災害のたびに、人命や財産を守る責任を果たすはずの堤防が崩壊している原因は、指導者の科学的解明への遅れと無知である。また、先進技術を取り入れない行政の古い体質である前例主義の重大な誤りが生んだ結果である。

土堤原則を頑なに守り続けて大災害を繰り返す大罪

国民の命と財産を守るという堤防の本質が抜け落ちている

河川法に基づき制定された河川管理施設等構造令(政令)第19条に「堤防は、盛土により築造するものとする」とある。これが今の時代のものである。その理由は、①材料の入手が容易である、②構造物としての劣化が起きない、③地震によって被災しても復旧が容易である。このような単純な利点を挙げているが、肝心な堤防の骨子である「堤防の本質は国民の命と財産を守る絶対に壊れてはいけない責任構造物である」という主題が抜け落ちている。

世界の技術は秒進分歩である。その「技術の発展進歩」を置き去りにして紀元前のやり方を法律で固定するとは何事か、科学技術の進歩を法律で止めれば暗黒と悲劇の時代がいつまでも続くことは明白である。

堤防という国民の命と財産を守る一番大切な責任構造物を造るに際して、「材料の調達がしやすく劣化が起きないから、壊れた堤防を直しやすいから“土堤”とする」、このような単純な理由で最初から壊れることを前提にして、材料と構造と造り方を「政令」で決めている。この政令を決めた行政の責任者は極めて重大な間違いを犯しているが、このような単純な内容でできた政令を何の疑問もなく延々と踏襲してきた政治家や行政関係者の無知と無責任による政策踏襲は絶対に許しがたい大罪である。

この学習能力のなさによって毎年毎年同じ災害を繰り返し、多くの人命と蓄積財産が流出している。前例主義を踏襲することの恐ろしさになぜ行政関係者は気付かないのだろうか。国民の命と財産を守る大切な責任構造物である堤防こそ、「世界の最先端の素材と施工技術をもって構築すること」と政令で決めるべきである。

「建設は日々新たなり」の所以でもある。今の時代にこのような紀元前のやり方を法制化して頑なに守っていることの不合理に、数十万・数百万人いる行政や政治家、専門家等の関係者の誰か一人でも気が付く者はいないのか。

日本国は、決して防災先進国ではない。過去に300兆円以上の資金を注ぎ込んでいるが、防災構造物の積み立て貯金にはなっていない。造っては壊れ、壊れては造りを繰り返していて、堤防の本分である壊れない粘る構造体を造っておらず、昔から先輩がやってきたことの踏襲に固執する役人の古い体質が、毎年死者を出し国民に大損害と不安と恐怖を与え続けているのである。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『国土崩壊 「土堤原則」の大罪』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。