【前回の記事を読む】「父ちゃん、母ちゃん、やっぱり俺駄目だったよ」 …

使命感

あまりにも波が早すぎた。博樹が焦っていたのかもしれない。十五から仕事を始め二十七にはもう独立。順風満帆に見えたが、業界不況の波にさらされ、跡形もなく会社は吹き飛んだ。造るのは大変だが倒れるのはいともたやすい。

十五年の努力がくれたものは、結局借金だけということになる。こうなってみると、結婚しなかったのはかえって身が軽かった。独立した頃に出会った女性はいたが、仕事の忙しさにかまけて大切にしてやれなかった。

若くして一国一城の主になった博樹は、どこか世間知らずのワガママだったのかもしれない。そんなことも含めて、不渡りひとつですべてが吹き飛んでしまった。手形などというものに翻弄される暮らしは、当然楽しいものではなかった。

運転資金を求めて銀行に頭を下げて回る毎日。商品を提供して対価をいただくのが仕事の本分だが、お金を集めることが本業のような毎日の暮らし。会社というものを支えるのに一杯一杯で、働くという感覚は徐々に薄れていった。

もともと好きで始めた仕事ではなかったが、やっているうちに本というものが好きになった。単なる文字の羅列が読み手に伝わり、時には感動や喜びを作り出す。たくさんの人に喜びを伝えるのが自分の仕事だ、と誇りも感じていた。

しかし蓋を開けてみれば人には生活があり、生活には当然お金が必要。つまるところは仕事はお金なのだと。お金欲しさに旗揚げした事業は、最後にお金にとどめを刺される。純粋に仕事に喜びを感じていたあの頃が懐かしい。

倒産後、昔を取り戻そうと持っているコネを使って数々の仕事に就いたが、どれも喜びを感じるには至らなかった。何をやるかではなく、どんな気持ちでやるかが大切なのだろう。全盛期というものを知っているだけに、バイト暮らしは惨めな暮らしだった。

最初はきちんと勤めるつもりだったが、どの仕事についても気の抜けたサイダーを飲んでいるような感じだった。仕事をなめている訳ではないのだが身が入らず、時計の針ばかりが気になる。社長というものを経験してしまったばかりにもう普通の仕事はできなくなってしまったのだろうか。