【前回の記事を読む】SNSの男と会いに東京へ向かおうとするが…「足が震える」

Wish You Were Here

ボスは常々言っていた。確かに成功を収めているSNSもあるが、ユーザー数の増加に伴ってサーバーの拡大・維持のために、どうしても資金が必要になる。どうしてもビジネスとして成り立たせる必要が出てくる。

だがこの「My Life」は自社の金だけで、一切、広告収入に頼っていない。だから、他の誰にも口を挟ませない。商業的要素を排除した、純粋なコミュニケーションのツールだ。瞬時に世界中の人々とつながり、本物のコミュニケーションを構築し加速する。

男も黒縁メガネの女も、ボスの言いつけ通りユーザー行動の情報の利用はしない。だが彼らは、貴重な情報が詰まった「パンドラの箱」といつも隣り合わせだった。赤毛の男がこの世界を創り上げた当初から、また十年前に黒縁メガネの女が加わってからも、世界が徐々に広がっていくのをつぶさに観察していたから、ユーザーのモニタリング、つまりユーザーを眺めるだけで、傾向を把握することができた。

「この機能、なかなか面白いんだけどね」 女は背中越しに、コーヒーメーカーに張りついている赤毛の男に話しかけた。

「ほら見て、この『wYwh』がこっちの投稿を誘発してるわよ」

「やめとけよ」

「嘘でも勘違いでも、つながりたいのよね、人間って。誰かと」

「やめとけって」

「これって予想外の使い方だけど、こういう純度の高いユーザー行動の情報って、すごく高く売れるのよね」

「そのくらいにしておけよ」ボスに忠実な男は、女を注意した。

ボスは、二人にこう念を押すことも忘れなかった。我々はユーザーの行動の情報を利用してはならない。まして、ユーザーの行動に影響を与えたり、故意に誘導したりすることは、決して許されない。ユーザーは「My Life」にはそういう介入がないと信じているのだから、罪はなお一層重い。一度でも介入しようとすれば、「My Life」の世界は死んでしまう。必ず報いを受ける。我々も、消滅することになる。