「もっとも置き忘れて行っても中身をのぞけるわけじゃない。それにこのくそ暑い中でカツラとマスクをして掃除するのも楽じゃないわよ。相棒が居るからいつも気を付けなければならない。一人だとやり易いのに」

それで麻衣は熱海であいつと二人きりで一体何をしていたのか、まさか朝から晩までずっとマッサージばっかりしていた訳じゃないだろうと真世は聞いた。麻衣は何故そんなことを聞くのかと聞いた。

真世は肩をすくめて、いえ、ただ聞いただけだとぶっきらぼうに言った。麻衣は男との一泊温泉旅行がどんなものだったのか真世に言わなかった。吐き気のするようなこともしなければならなかったが、これだけやっても未だ敵の懐に深く入り込むには至っていない。

一方で自分の中に微妙な変化が起きていることに気付かないわけには行かなかった。何と表現したらいいのだろうか――悪事を共有することの醍醐味とでもいうべきか、暗い秘密を分かち合うことの愉楽。

こわく的で肉感的で背中がぞくっとするような感覚だ。あの男の桁外れの貪欲が人を騙すという行為と結びついた時にそれは振動し、増幅し、何とも言えない毒を辺りに振りまく。

それは言い様のない強い引力を持って周りのコバエを引き寄せる。彼女は自分の中の黒いもやもやにどう対処していいのか分からないままにぐいぐい何かの力に引き寄せられていくのを感じ鬼塚に初めて漠然とした恐れを抱いた。

「今度のヤマはでかいぞ」と鬼塚は言った。

大きな話を持って行くにはほころびの出ない調査と準備が不可欠だと彼は繰り返し、麻衣に一つ頼みたい仕事があると言った。あの屋敷の持ち主がどこにいるのか、やっと見当をつけた。

鬼塚はその持ち主が何者なのか知らない、ただし土地台帳を見て年配の女であることだけは分かっている。ついてはその持ち主のところに行ってどんな様子か見て来いというのだ。

それがどんな女で今までどうしてあの土地を手放さなかったのか、取引の噂を聞きつけて横槍を入れて来ないか調べろという。万が一にも土地の売買の事を小耳に挟む危険性がないかどうか確かめる必要がある。

麻衣はその役は自分よりむしろ娘の真世の方が向いていると言った。相手が街中のマンションに住んでいるならメードの振りをして入り込むことも出来るし、あるいは田舎の旧家に嫁いでいる主婦なら保険の外交員なり化粧品や着物を売りつけるセールスガールに化ける手もある。

娘の方が何も知らない振りをして婆さんの機嫌を取る役にうってつけだと言った。