台風キャシーに向けて東京横田基地を飛び立つ

台風キャシー(14号)にむかっての発進命令が午後4時に発令予定と言う待ちに待った知らせがF中尉からきた。カメラマンと私はすぐハイヤーを呼び重い機材を積み込んで横田基地に向かった。

五日市街道の夕闇の中を2時間かけて到着するとソーリー司令官から「現在台風キャシーは屋久島南方で北東に進路を変え、種子島方向に進行中との情報があり、発進命令を下した。離陸は明早朝を予定」と告げられた。

横田基地のエプロンでは、夕暮れの中でWB50型機の整備が始まっていた。この気象観測機は都心を焼き尽くしたB29の強化改造型の巨人機で、3500馬力という大型エンジンを4機装備しており、機の全長より翼が10mも長いグライダーのようで、見るからに安定した体形をしている。

ものすごい上昇気流の雲の壁の中を9時間以上も飛び続けるのは「速度」より「安定」を重視したこの機種でしかできないそうだ。日付がかわった8月23日深夜の2時45分に、機長のフーラー大尉以下9名の乗組員と私たち2名が整列、出発前に数個の注意事項を確認する訓示があった。

「ブザーが3回鳴ったらパラシュートで脱出……」という言葉が悪魔の声のように聞こえたことしか覚えていない。午前4時15分に横田基地の3000m滑走路を離陸。後に私が住んだ町田市の山崎団地の上を通り、大島上空で南西に進路を変えた頃、穏やかな海面の向こうから太陽が顔をみせた。

私たちは台風の影響を受ける前に、様々な準備に大忙し。台風の壁雲の中では重いカメラボックスや三脚も飛び上がって飛行機の天井に激突すると注意され、床に括り付けた。機首から機の後部にある海面観測員のいる場所に行くには、狭くて丸いトンネルを這って移動する構造はB29と同じであった。

6時50分、海面に白いシマ模様が見え始めた。波頭がこの程度白くなると風速が毎秒約20mだという。しばらく飛行すると驚いたことに、海面の波頭が緑色に変化した。この現象は風速30mを超え、台風の渦に近づいたサインだと観測員が教えてくれる。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『私はNHKで最も幸運なプロデューサーだった』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。