一方でこの頃、僕はすごく幸せな出来事を経験した。それは、笑顔がよく似合う中澤さんとの出会いだった。彼女とは秋の終わり頃に関わり始めた。きっかけは僕の掃除場所が特別教室に変わったことだった。清掃は一年生から六年生がペアを組み、それぞれが決められたところを担当していた。僕が新しい場所で掃除をしていると、隣の音楽室から突然、中澤さんが入ってきた。

「ほうき貸してください」

まるで太陽みたいな笑顔で入ってきた。彼女は僕の二つ上の先輩だった。

「無理だろ」

当時の班長はそう言って冷たくあしらっていた。

「ダメなの? でも足りないんだよね」

太陽みたいな彼女の笑顔が僅かに曇った。そんな中澤さんの顔を初めて見た気がした。だから何とかしたかったのかもしれない。僕は中澤さんに向かってまっすぐ歩いていた。何か強く惹きつけられるものがあったかのように彼女に向かった。彼女の前にたどり着くと何も言わないで中澤さんにほうきを貸した。一瞬、教室はシーンと静まり返った。中澤さんは少し意外そうな顔をしていた。

「ありがとう」

ほうきを受け取る時、中澤さんはいつもの笑顔に戻っていた。そして中澤さんは音楽室に戻った。僕はいいことをしたんじゃないかと心の中で舞い上がっていた。清掃が終わり、手を洗っていたら中澤さんが僕の隣に来て手を洗った。洗面場は他にも空いているのに僕の隣に来たことが意外で、胸の鼓動が小刻みに高鳴るのを感じた。その瞬間、中澤さんは俯き加減の僕の顔をのぞき込んだのだ。僕は驚いて思わず彼女の方を見つめた。悪戯っぽい笑顔だった。

「どうしていつも私の目を見てくれないの?」

「…………」

僕の顔は真っ赤になっていた。

「横関さんだよね?」

僕は中澤さんから目を反らしながら頷いた。

「裸足で寒くないの? ねえねえ、聞いてる? 私の目、見てよ」

僕は動揺を隠すため逃げるようにその場を去った。背中に中澤さんの視線を感じる。僕の失礼な態度にもかかわらず、彼女は笑っているのだ。僕の胸の鼓動はかなり速くなっていた。だから廊下を思いっきり走った。胸の鼓動は走ったからなのか動揺なのか曖昧になったところで足を止めた。僕は息を切らせて振り返った。

たくさんの人混みの中に中澤さんがいるはずもなかった。僕の戸惑いに彼女は薄々気付いていたのかもしれない。そして、僕もまた彼女の好意に気付いていた。中澤さんとの恋の始まりはこうして訪れた。お互いの好意が見え隠れするこの時期ほどウキウキするものはない、僕は中澤さんに会いたくて仕方なかった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『レインボー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。