「皆さん、本日は『タイムマシーン思い出ツアー』をご利用いただきまして、ありがとうございます。私は皆さん方を過去の時代へとお連れする案内役の桂理之介と申します。どうぞよろしくお願い致します」

参加者から拍手が起きる。

「私、何を隠そう実はプロの落語家でございます。普段は大阪天満や神戸にある上方落語の定席や色んな地域寄席などに出演しております。私の地元京都のラジオにもレギュラー出演しております。テレビはあんまり出ませんので、ここで顔を見ていただけるのは貴重ですよ。よく見ておいてくださいよ」

少し笑いが起こった。

「では、いよいよ時間旅行のスタートでございます!」

その言葉を合図に涼平が車内のカーテンを閉めて回る。外が見えない状態になったところで理之介が真剣な顔で参加者に対峙する。

「それでは呪文を唱えさせていただきます。これが過去への出発の合図となります。では、いきます! 寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の……」

誰もがよく知っている落語「寿限無」に登場する子供の名前だ。目をつむり両手を合わせて祈るように言い立てる。

「良かったら、皆さんもご一緒に!」

そう言って唱和を促す。何人かは声を出してくれる。

「……シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助!」

「長助」の部分を強調して大声で叫んだ後、目を開けた理之介は参加者を見渡す。真剣な表情もあるが、多くは苦笑いだ。

「では、時間旅行をお楽しみください!」

同時にバスが動き出す。理之介は涼平と共にドライバーのすぐ後ろの席に陣取り、後は参加者同士の会話に委ねる。走行時間およそ四十分。それがタイムトラベルに要する時間。近況会話を楽しむ参加者にとってはアッと言う間に到着する感覚だ。

「お待たせしました。一九八九年にやってきました!」

理之介の言葉に「お、ついに来たか」と期待の声が上がる。そこからまた次の段取りがある。

「皆さん、ではアイマスクをお願いします」

その言葉を合図に涼平が参加者にアイマスクを配る。

「何か罰ゲームをやらされる芸人みたいやなあ」

そんなことを言われつつも全員がアイマスクをしてくれたことを確認した涼平は理之介と共に参加者をバスから降ろし、すぐ近くの建物へと誘導する。そして理之介が高らかな声を出す。

「皆さん、アイマスクを取っていただいて結構ですよ! さあ、どうぞ!」