その日の夕刻、工場に入れる新しい厨房機器の据え付け作業に、恭平は立ち会っていた。東京から来た機器メーカーの部長が、ふと漏らした言葉に恭平は鋭く反応した。

「えっ、コンビニのエンゼルスが広島に出店するの!」

「ええ、そうみたいですよ。東京でエンゼルスにお弁当を納めている会社から、そんな話を聞きましたよ」

「へぇ、そう。いよいよ、広島にも出店するんだ」

かつて広告代理店勤務時代に、スーパー・ドジャース系列のコンビニエンス・ストア、ロイヤルズの広告を担当していた恭平は、将来の小売業はコンビニエンス・ストアと無店舗販売に収斂されるだろうと予測していた。

そして弁当屋を生業としてからは、できることならスーパー・ナショナルズ系列のコンビニエンス・ストア、エンゼルスと組んで仕事をしたいと秘かに考えていた恭平にとって、願ってもない朗報だった。

広島市の人口が百万人。百万人が、朝・昼・夕と三回食事を摂れば、一日三百万食の食シーンが存在する。万鶴とひろしま食品の一日の製造食数を合わせ、最大限にみても一万食足らずで、その殆どが昼食に限られ、シェアは高々〇・三パーセントに過ぎない。

この三百万食の潜在市場を外食産業やスーパー、弁当チェーンなどが、家庭の食卓と競いながら争奪し合っている。

この熾烈な競合状態にコンビニエンス・ストアが加われば、広島の市場もさらにシェア争いが激化すると恭平は予測していた。新しい業態の進出に際し指を咥えて見ているか、新規ビジネスへの積極的な参入を図るべきか、大きな岐路を迎えたことに恭平は身震いした。

「もう一歩! の踏み込みが、ピンチを防ぎ、チャンスを摑む」

サッカーの試合から得た教訓は、ビジネスの世界でも生きていると信じていた恭平は、即座に上京して、何の伝手も無いままエンゼルス本社の門を叩いた。

「広島に進出されると聞きました。ぜひ、私どもに弁当を製造させてください」

たったそれだけの要件を、二十分近くの時間を費やし熱弁を奮った。相槌を打ちながら真剣に聴いたエンゼルスの担当者の返事は、素っ気なかった。

「折角のお申し出は有り難いのですが、現時点で広島進出の計画はありません」

「それでは、進出を計画された節には、ぜひとも我が社にお声掛けください」

深々と頭を下げて辞去し、仰ぎ見たエンゼルス本社ビルは秋晴れの空に輝いていた。