【前回の記事を読む】「誰がこの弁当を作った!」叱咤覚悟で進み出ると、意外な一言

追いつ追われつ、三つ巴《三十三歳〜三十五歳》

来場者数の予測は実に難しく、第一に天候、次に優勝争いをする顔ぶれによって、日々大きく左右される。その年の決勝初日、パター練習場の前でジャイアント野崎と擦れ違った恭平は、思い切って声を掛けた。

「野崎さん! ギャラリー用の弁当を売っている者ですが、今日は頑張って、ぜひトップに立ってください。弁当の売上は野崎さんの成績次第なんですよ」

「俺の順位で、弁当の売上が違うのか」

「もちろん! 去年は野崎さんが優勝されたから凄く売れたのに、今年は伸び悩みですよ」

「へ〜、悪いなぁ」

丁度、その横を通りかかった選手の肩を叩き、ジャイアント野崎が軽口を叩いた。

「おい、ヨシタカ。お前がリーダーだと、弁当が売れんとさ」

その年の優勝者となった、鈴木良隆は訳も分からずキョトンとしていた。

その日の弁当販売を終了し、片付けを始めた頃、恭平のポケットベルが鳴った。発信元は万鶴本社で、電話で告げられた連絡事項は、スーパー・ドジャースの社員食堂で発生した金属片混入クレームの対応依頼だった。大慌てで資材を二トン車に積み込み、恭平はドジャース広島店に向かった。店長室に入ると、いきなりの怒声が響いた。

「連絡したら、なぜ直ぐに来ないんだ! 今まで何処に居たんだよ!」

「申し訳ありません。西条のゴルフ場にいたものですから」

「ゴルフ場! 好い気なもんだな、クレームを出しておいてゴルフか!」

「いえ、ゴルフ場には居ましたが……」

「言い訳なんか、聞きたくないんだよ。今日の不始末は、どうしてくれるんだ!」

「申し訳ありません。まだ食堂に顔を出していないので、詳しい事情は把握できていませんが、先ず、ご本人様にお詫びさせてください」

「本人よりも、先ず店長の俺に謝るべきだろう!」

「事情も把握せず駆けつけて、申し訳ありませんでした。ぜひ、ご本人を……」

店長室のドアをノックして、年配の女子従業員が入って来た。

「あの〜、万鶴さん、今日はご迷惑をお掛けして済みませんでした」

「何を言われるのですか。ご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げた恭平の頭上に、意外な言葉が降りてきた。

「あの金属片は、私の歯の詰め物だったみたいです。ご迷惑お掛けして済みません」

「あぁ、そうだったんですか。安心しました。原因が判って、良かったです」

昼食に食べたトンカツに金属片が入っていたとのクレームを受け、胆を冷やして駆けつけた恭平だったが、正直に告白してくれたことに安堵していた。思わぬ展開に、素直に一件落着できないのは店長だった。

「よく気をつけなさいよ。私だって忙しいのだから」

女子従業員に小言を言って部屋から追い出し、振り返っての恭平への言葉は短かった。

「まぁ、そういうことだから……」

「そういうこととは、どういうことでしょうか」

「彼女は間違いを認めて、謝っていたでしょうが」

「あの方からは謝っていただきましたが、店長は勘違いを認めておられません」

「私に謝れと言うのか!」

「謝る、謝らないは、どうでも好いんです。勘違いを認めていただきたいのです」

「勘違いって、何だ」

「まず、異物の混入は、私共が原因では無かったこと。次に、ゴルフ場へはプレーのためではなく、仕事として弁当販売に行っていたことです。因みに私は、ゴルフはしません」

「……」

勘違いを認める言葉はもちろん、詫びの一言も聞けぬまま、恭平は店長室を出てドアを閉め、小さく舌打ちをした。