【前回の記事を読む】娘の否定ばかりする母を見返すはずが…驚きの「手のひら返し」

カウンセリングに至るまでの道のり

〈うんざり、いや、それすら感じられないかもしれない、いつもいつも、ですね。ひどい目に遭いますね〉

「そうなんです、腹が立って、腹が立って……次第にみじめになるんです……」

珍しく、気持ちの込もった答えが返ってきた。

「このままではわたしは一生母親のペットで終わるんだという気がして、絶望すら感じていたのですが、サークルで知り合った男性と付き合うようになり、やはり何とかしようという気持ちが強く芽生えてきました。自分みたいな人間に好意を持ってくれる人がいるということが信じられませんでしたが、心強いことに思えて、急に希望が湧いてきたんです」

自分が認められる、という以上に、自分を受け入れてくれる人間の存在は大きい。われわれはそれだけで生きていける、と言えるのではないか。人から好かれるという体験はそれに近い。ましてや今まで母親の愛情を感じることがなく、友情と言えるような深い人間関係を持ったことがないこの女性にとって、自分を好きになってくれる男性の存在は、この上ない味方を得たように思えたであろう。

「彼には全部自分のことを話し、家事がダメなことも告白しました。彼は、お母さんのことは気の毒だがまだこれからいくらでもやり直せる、家事なんかすぐにできるようになるし自分も手伝う、と言ってくれたので、もう人生が、ぱあっと明るくなったというか、未来が開けたというか、よしやってやるぞという気がして、自分の本好き、勉強好きを活かせる公務員試験を目指すことにしました」

こう言われてやっと、ああこの人の源泉は本や勉強なのだと気がついた。だから若いのに、愚鈍だとか家内安全、金科玉条などの言葉を使い、自分が話していることは当然みんなが知っていることのように話すのだろう。熟語がすらすらと出てくるところを見ると、彼女の知識や体験の源泉は難しい言葉を使う本なのだろうか。人の心の息吹に触れるような小説の類を読んでいるのだろうか。頭でっかちに人の世を理解して、現実の人間が何を考え何を感じているかには意識が向かないのではないか。

彼やゼミの教員などの支援もあり、公務員試験に合格して省庁に採用された。ここで意を決して一人暮らしをする。母親からは猛反対されるが、仕事の上で必要というと条件付きで許された。毎週実家に帰るのが嫌で嫌で仕方ないが、自分が帰らないと妹や父の負担が大きくなる。仕方なく帰れば母のひとりよがりの話に付き合わされ、こき下ろされたり、癇癪の的になり、時には外に連れ出されてよその人の相手をさせられる。

仕事を覚えるのは大変で、残業は当たり前だった。休日は休みたいのに実家に駆り出される。このままでは一人暮らしした意味がない、人生がまったく変わっていないと落ち込んでいたところ、ふと手にした本を読んでカウンセリングに行くことを思いついた。

あくまでも本がこの人の道標のようである。そしてようやくここからカウンセリングの道のりが始まるのだった。