【前回の記事を読む】【小説】生き残りをかけた醜い争いが、僕の心を蝕んだ。

未来への手紙と風の女

日本は泥沼の底に沈みかけていた。そして、いつしかデフレスパイラルから抜け出せない長いトンネルの中に入った。役所は労働者の味方であるはずだった。しかし、経済が低迷を続け、企業が倒産すれば雇用も守れず、日本経済そのものが破綻するという理屈で、国は、企業が社員を解雇することに対して何も言わなくなった。

── リストラ。

嫌な言葉が、平気で使われるようになった。街には、失業者があふれた。そこに、派遣という言葉が重なった。会社は正社員ではなく、派遣社員を使うようになった。派遣社員を使えば、労働力を柔軟に調整できる。いざというときに契約を解除すればいいだけの気楽さが会社のニーズにマッチした。リストラは、会社の「人員調整機能」になっていた。

会社を解雇されれば、次の働き口はなかなか見つからない。その恐れから、経営者に、幹部に口答えする社員はいなくなった。

── 辞めてもいいんだぞ。

経営者の口癖になった。本業がうまくいかず、社員が死に物狂いで働いても、景気の回復が見えない中、会社の業績も上がらなかった。一人、また一人、給料の遅配や待遇の悪化に伴い、社員は辞めていった。派遣の方がましだ、と言う社員もいた。僕は、派遣を受け入れることはできなかった。

僕の能力を買ってくれる所は必ずあるはずだ、という自負がそうさせたのかもしれない。どう頑張っても、会社は立て直せる見込みはなくなった。もはやこれまで、と僕も会社に見切りを付けることにした。

── 会社を辞めます。

そう告げた日、経営者は憔悴しきった顔でたった一言、「そうか」とだけ言った。間もなく、会社はつぶれた。経営者は多額の負債とともに、日本経済の闇の底に沈んでいった。そして、僕は、就職活動に明け暮れる日々を送った。大学時代の友人も、会社に残れる者は少なかった。バブル期に入ったやつは使えないやつばかりだ、という風潮がどこの会社にも蔓延していた。