赤毛の男の頭の中では、依然として「ある考え」がぐるぐると回っている。

大阪の女は「ある考え」の対象としてどうだろう。この最新の投稿、行き違う電車の画像を見ると、迷いのようなものを感じる。現実世界に踏み出すには、もう少し力が必要なようだ。そういう意味では「ある考え」の適用対象としてもいいような気がした。

だが、女の「反省事項」のメモが気になった。結局のところ、この女は、合理的にしろ非合理的にしろ、自分の意思があるのだろう。

俺はこの「My Life」の世界をコントロールしたいのだ。俺のコントロールに適さない人間は、だめだ。男はミルのハンドルを回していたが、すでに豆の手ごたえはなく、ただ回しているだけだった。ようやく手を止めて、ミルの蓋を開けた。コーヒーメーカーに濾紙をセットし、挽いたばかりのコーヒーの粉を入れて、所定の場所に水を注ぎ込んだ。

「私にも入れてくれる?」

「そのつもりだよ」

黒縁メガネの女は男と同じように、「My Life」の世界を、特に「Wish You Were Here」のつながりを、眺めていた。「My Life」のようなSNSは、運営側にとって情報の宝庫だ。ユーザーの閲覧履歴、投稿履歴、閲覧から投稿までの時間などから、ユーザーの特性や行動を分析することができる。

これによって、ある投稿が別の投稿に影響を与えている「可能性が高い」ことは、すぐに弾き出すことができる。

これらの情報の金銭的価値は今やうなぎ登りで、どの企業も、どれだけお金を払っても手に入れたいものとなっていた。だがボスは、ユーザーの行動の情報を利用することはこの世界の種明かしをするようなもので、開けてはいけないパンドラの箱だ、と言って、二人に固く禁じていた。

「パンドラの箱」を開けるとどうなるか。数千万人のユーザーの特性や嗜好に関する膨大なデータが市場に出る。そのデータに基づいて、個々のユーザーが好みそうなページの入口を、ユーザーの閲覧画面に表示させて、そのページに誘導することができる。

ユーザーは、未知に見える世界への入口を、たたみかけるように大量に与えられ、情報への欲求を満たすと同時に、さらに欲求を掻き立てられる。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Wish You Were Here』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。