【前回の記事を読む】弁護士、金次第で罪が真っ白になる?アメリカの起訴社会の実情

騙しの美学

やけに断定的に言うので麻衣があなたはアメリカでもビジネスを展開したのかと尋ねると、彼はうなずいて若い頃一度アメリカの西海岸に住んだことがあると言った。

「それに引き換えこの国の年寄りは赤子の手をひねるみたいに簡単に騙される。もし婆さんが警官と名乗る男の訪問を受けて『あんたの銀行カードは盗難届けが出ていて使えないから新しいものと交換してあげる』、暗証番号を巧みに聞き出されて『預からせてくれ』と言われたら、弁護士に相談するから待ってくれと言えばいいんだ。だが婆さんは弁護士の知り合いが居るどころか、弁護士が一体何をする仕事かすらも知らないと来ている」

振り返ればこの国には北海道の原野商法、観音竹商法、ねずみ講事件や町の酒屋を相手にした偽年金組合詐欺、それこそ星の数ほどの詐欺事件があった。分けても四十五年ほど前に社長がメディア陣の真ん前で刺殺されて世間を震撼させた金の先物商法はこの国の詐欺商法の原点だ。

なぜならあの事件で詐欺師どもにこの国には世間知らずの小金を持った年寄りが大勢居る事があまねく知れ渡ったからだ。麻衣は感心し切って言った。

「あなたは一冊の本が書けるほど色々な知識を持っているのね。大したものだわ」

「知識ではなく経験だ。本を書こうと思ったことはある。でも本を書いたらその後のビジネスに差し障るからな」

「惜しいわね、あなたは大した才能の持ち主なのに? 今聞いた事だけでも本にしたらベストセラーは間違いなしよ。本の題はえーと、『騙しの美学』っていうのはどう?」

鬼塚は大笑いして言った。

「そいつはいい! だが才能があるだけでは世の中に認められないのがこの世の定めだ」

「一つ聞くけどそんなあなたがなぜ警察に捕まったのかしら?」

麻衣は無邪気そうに聞いた。これは鬼塚の痛いところをついたのに違いない。

彼は急に仏頂面になり不機嫌に自分の過去をあんたはどれ位知っているのかと聞いた。麻衣は首を振り、何も知る訳なんかない、つい最近までお互い知らない者同士だったんだからと言い、他の人からつい最近に刑務所から仮釈放されて出てきたと聞いただけだと言った。

鬼塚はそんな無駄口をきくのはどいつだと言い、あれは自分のせいじゃない、組んだ相手が悪かっただけだと言った。それは彼の単独犯行ではなく三人のグループによるものだった。

三年前の事だ。その土地はこの種のビジネスにうってつけの幾つかの条件を備えていた。まず長い間放置された土地だった。持ち主ははっきりしない。

しかも駅近で都内へは急行で二十五分の距離だ。近在の建築会社に話を持ち込み、前金として三千万円詐取した。そこで止めておけば良かったのに共犯者たちはその土地を使って何度も同じ犯行を繰り返しその度に相手の建築会社から数回に分けて三千万円ずつ詐取していた。何回目かに相手がおかしいと気付き、彼は仲間と一緒に検挙された。

結局彼は有罪になり一年二か月の懲役刑を科せられた。鬼塚は自分は金など貰っていないし無実であり、仲間にはめられただけだと繰り返した。麻衣は大変な災難だったわねと頻りに同情し、最後に会話をこう締めくくった。

「私には想像もつかない、あなたをはめるなんて一体どんな人たちかしら?」