第2章 かけるくんの子ども時代

3 小学校時代

かけるくんが小学校に入学するとき、かけるくんのお姉さんは小学校5年生でした。同じ病気のお姉さんは普通小学校に行けましたが、より障害が重く手足が動かないかけるくんは、普通小学校は無理だろうと思い、養護学校への通学を考えていました。

そんなある日、かけるくんの小学校入学に関して北名古屋市の教育委員会の人がわざわざ自宅まで来てくれました。教育委員会の人は意外にも、「かけるくんを、最初の2年間だけでもお姉さんと一緒に小学校で生活させてあげたらどうですか?」と提案してくれたのです。

かけるくんとお姉さんは4歳離れているので、一緒に学校へ行けるのは小学校の間だけです。教育委員会の人はそのような事情を察してくれたのでしょう。また、かけるくんのお姉さんが小学校に通うことができたので、同じ病気のかけるくんも大丈夫じゃないかという話になったのかもしれません。

そういう意味でも、同じ病気だけどより手足の動くお姉さんがいたことは、かけるくんにとって大きな幸運だったと思います。ただ、このときの教育委員会の提案はあくまでお姉さんが卒業するまでの2年間ということでした。

小学校1年生になり、かけるくんは地元の北名古屋市立鴨田小学校に進学しました。小学校は1学年1クラスで、いろんな幼稚園や保育園から生徒が集まっていました。

一つひとつの幼稚園からくる人数も少なく、かけるくんに対する特別な偏見もありませんでした。男の子が少なくて女の子が多かったので、そういったこともかけるくんにとって良かったのかもしれません。かけるくんが電動車いすに乗り始めたのが小学校2年生の1学期からでした。

その当時、小学校で電動車いすを使っている生徒はほとんどいませんでした。厚生労働省の電動車いすの補助金支給に関する通達で、「学齢児以上であって、電動車いすの特殊性を特に考慮し、少なくとも小学校高学年以上を対象とすることが望ましい」とされていました。そのため、小学校低学年では補助金が受けられず、事実上、電動車いすをつくるのは難しかったのです。

※2015年に「小学校高学年以上を対象とすることが望ましい」という文章が削られました。障害の程度や状況は年齢で決まるものではないという事実に、ようやく政府が対応できるようになったと言えます。この改定により、就学時に合わせて電動車いすの作製や訓練を始めるケースが増えました。

今後、電動車いすの使用を開始する時期の低年齢化が進むと予想されます。以前に比べれば障害者が生活しやすい世のなかになってきたと思いますが、まだまだ不十分なところもあるので政府・民間を含めた体制の整備が進めば良いと思っています。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『希望の薬「スピンラザ」』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。