【前回の記事を読む】天才作曲家のモーツァルトと天才遺伝学者メンデルの共通点とは

12章 ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第29K.305/293d

この曲は1778年パリで完成された。

モーツァルトはヴァイオリン伴奏付きピアノソナタ、いわゆる「パリ・ソナタK.6-9」四曲を幼少期(7〜8歳、1763〜1764年)に、ヴァイオリン伴奏付きピアノソナタ、いわゆる「デン・ハーグ・ソナタK.26-31」六曲を少年期(10歳、1766年)に作曲していたが、22歳の青年になったモーツァルトが久方ぶりにこの範疇の作品を書くこととなった。

ただ、幼少期、少年期はヴァイオリン伴奏付きピアノソナタであって、あくまでもヴァイオリンはピアノの伴奏でしかなかった。

しかし、K.301-306のソナタ(いわゆる「マンハイム・パリ・ソナタ」)では、ヴァイオリンとピアノが対等の関係にある、言わば二重奏曲として新たな境地を開いているのである。ピアノとヴァイオリンのためのソナタとして楽譜には記載されている。

1777年9月父親レオポルトが重いカタルにかかっていたので、モーツァルトは母と二人で就職活動のために郷里を離れ、マンハイムを訪れ、そこに約5ヶ月半滞在し、その後パリに向かった(1778年3月下旬パリに到着)。

後世の人はこの旅のことを「マンハイム・パリ旅行」と名付けた。

そのためこのK.301-306の六曲のソナタは「マンハイム・パリ・ソナタ」と呼ばれているのである。しかしながら現在ではK.301-303の三曲のソナタは1778年2月マンハイムで、K.304のソナタはマンハイムとパリで、K.305306の二曲は1778年パリで作曲されたと考えられている。このK.305は「マンハイム・パリ・ソナタ」の第五番目の作品にあたる。

モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタではよく見られる、2楽章のみからなっている。楽章は少ないものの演奏時間は15分にも及ぶ。

第1楽章アレグロ・モルト。明るく晴れやかな音楽である。

冒頭部は心弾むような旋律で、これが主題であって、繰り返し演奏される。春の陽光が窓から差し込んできて、今日もいい一日になりそうな感じがする。この曲を聴いているとそんな気分になるのである。明るい輝きのあるヴァイオリンと弾むようなピアノの音がよく調和している。

第2楽章 アンダンテ・グラツィオーソ。静かで穏やかな旋律で始まる。

ピアノの奏でる音楽にはヴァイオリンの伴奏がついている。この主題を長調から短調へ変化させ、緩、急、緩の減り張りもつけて六回変奏していく。主旋律をピアノが弾いたり、ヴァイオリンが弾いたり、ピアノとヴァイオリンが合奏したりと、とても工夫されている。聴く人を飽きさせない工夫がされている。

特に第四変奏のヴァイオリンの絶唱が素晴らしい。転調の魔術師・変奏曲の達人モーツァルトの面目躍如たるところである。私の愛聴盤はワルター・クリーンのピアノ、アルトゥール・グリューミオーのヴァイオリンである(CD:422713-2、フィリップス、1981年スイス・ラ・ショー・ド・フォンで録音、輸入盤)。

粒のそろった控えめなクリーンのピアノと明るく艶やかなグリューミオーのヴァイオリンがよく調和していて、モーツァルトの世界を忠実に再現してくれている。