ALS

本当にいいのだろうか? なすすべがなくなって、諦めて時間が過ぎ去っただけで、妻の自宅介護に対して考えつくしていないのではないか? 妻のベッドの横で考え始めた。

『将来、自問自答した時に、胸を張って全力を尽くしたと言えるように、今を京子に捧げる』

あの決心に恥じないか。改めて京子の痒い所、痛い所に、直ぐに手が届くように寄り添って、応えてやりたい。そう思ったときに、ふとひらめいた。

『そうか、これから付き添いの時間を出来るだけ長くして、京子の要望をより多く拾ってやることができればいいのだ』

一日中病院で介助できれば、家で看ているのと同じになる。やっと、喉に引っかかっていた小骨が取れて、すっきりと前に動き始めた。『なるようにしかならない』から、『なるようになった』に変わったと思った。

むしろ自分の発想の乏しさで、どうしようもないことばかり考えていることが多い。私は、自分の考えが後ろ向きの結論にならなくてよかったと思った。おそるおそる京子を見ると、ニコニコしながら、私とは関係のないことに耳をすませていた。

「フレッシュな力でやって」とアケミさん。Nさんのベッドから二人の見習い看護師の会話が聞こえてくる。

「そんなこと言っても、二つしか違わないじゃない。先輩の持久力でやって」

「体格で決めないでよぉー」

カーテンの向こう側で頬を膨らませているのが想像できた。アケミさんの方が確かに背も高くて、髪も短くしているだけに、ちゃきちゃきの跳ね返りの気の強さを持っているように見えた。

「それなら、ここで疲れた分、ランチおごりで、リフレッシュさせくれる?」

「いいよ。明日の給料日でカードの中、リフレッシュさせるから。頑張れ、エミちゃん」

「アケミさん、ちょっとだけ手伝って!」

「リフレッシュ、五百六十円の定食にまけてくれる?」

「いいよ。もう、もたない。早くして」

「Nちゃん、今まで横すわり簡単にできたじゃん。体重増えてないよねぇ。あぁあ、やっぱり、足、ベッドの脇に引っ掛けてる」

「もう私、だめかもしれない。Nちゃんに心を折られちゃったよ」

「Nちゃん、ニタニタしてる」

「いい? そのまま起きてテレビ見ててね。三十分したら、来るからね。Nちゃん笑ってないでお願い。起きているのよ」

ワ抜けコンビの二人はそう言うと出ていったようだった。Nさんのニタニタした顔を見たいと思って、こちらのカーテンからのぞいても、いつも通り、ぴっちりと閉まっていた。病室に癒しの輝きをまき散らす気持ちよい二人のつむじ風が去っていった。