ツーリング~乗鞍あたり~

温泉宿の朝食は素敵だ。人生頑張って来たよなーという感じの人たちが、浴衣でとりとめのない話をしながら食べている風情が好きだ。会社役員を引退した風の三人連れが「あいつを連れてきてやればよかったべ」なんて、奥さんの話をして笑いあっているさまは、本当に「いとをかし」である。

さてそろそろ行かねば、と宿を出た。雨上がりの涼しい空気の中、まずは御おん岳たけを目指してひとつひとつコーナーを丁寧にトレースしていく。そのつど、新鮮な景色が目の前に現れる。濁にご河りご峠から野麦峠へ。

ときどき雨がぱらつく。天気がよいときれいに乗鞍が見えるのだが、あいにくの曇り空でまったく見えない。それどころか山頂は雨かもしれない。「まっいいか」と思いつつ、気持ちのいい白樺林の中をしばらく走ると四つ角に出る。左が乗鞍岳山頂への道だ。「ようし、頑張ろう!」心を決めて出発する。

道はずんずん高度を上げていく。そして風景が地球離れしてくると、いよいよ山頂が目の前に現れる。荒涼という言葉がいちばんしっくり来る風景が見渡す限り広がっている。標高二千七百メートルの畳平。空気が薄いので、アイドリングがストンと落ちてエンストする。何度来ても、いつもここは新鮮だ。小雨まじりの強い風が吹き、立ち並んだのぼりがバタバタと大きな音を立てている。かなり寒い。

少し休んで乗鞍スカイライン(現在は一般車規制中)を下る。とたんに濃霧と強い雨。怖い。ただひとり、見知らぬ星を走っているような気になる。とても太刀打ちできない自然の力を感じる瞬間だ。こうなると、あとは我慢ということになる。まして十度を超える急坂、ヘヤピンの連続。ふもとについた時には体中、ブーツの中までぐっしょりだった。

それでも高山に着いた頃にはすっかり乾き、見上げるとうっすら夕方の色を含んだ青空が広がっていた。少し早目の夕食を食べて高速に乗れば、今日中には家に帰れるだろう。

夕焼けに旅の終わりの疲れ乗せ

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『京都夢幻奇譚』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。