参考事項05 隙間を埋める神

人間の前にある未知の壁が人間の知識の拡がりにより既知の壁に塗り替えられ、その結果、塗り替えられていない未知の壁が既知の壁の隙間を埋めているように見えるという思想があります。

未知の壁は神の手になるものという設定になっていますので、この壁を人間の既知で塗り替えて行くと、未知の壁は狭められ、それに伴って神の権威も益々薄れていくということです。これを「隙間を埋める神」というように表現しています。

神の存在とこの世への関与はさておき、人間に未知なるものはわずかになり、およそ人間にはそのうちに未知なるものはなくなるという考えが背景となり、このような見方が生じたものと思われます。

しかし、そうだとしますと、人間はとんでもない思い違いをしていることになります。人間がこれ迄に把握した知識が素晴らしいものであることを否定する者ではありませんが、事実はそのような見方とは全く逆です。

未知の壁は無限の拡がりを持ちますが、人間の知識は、すなわち既知なるものは、有限です。人間の知り得た知識は未知の壁にほんのわずかな隙間を開くことができているというのが実状です。

参考事項06 自己の否定はできない

自己の否定はできません。なぜなら、神を肯定・否定するにしても、宗教を肯定・否定するにしても、自己を肯定・否定するにしても、何をするにしても、これらがあなたにとって有効にして意味あるためには、その大前提に肯定されているあなたという自己が存在しなければならないからです。

認知科学でしたか、“神の情報は脳の情報”すなわち“神は人間の脳が作り出した情報”などと言われますが、そのようなことは認知科学でなくともはっきりしています。

なぜなら、我々は神を通して情報や理解を得ているわけではなく、我々人間の脳を通してそれらを得ているからです。従って、脳が存在しなければ、すなわち、あなたが存在しなければ、たとえ神があなたの前に現出したとしても、あなたは神を知覚・認識することはなく、神はあなたに知覚・認識されることがないのは自明です。

要諦は、神をも含めて全てのことは、あなたが存在し自己を肯定しているからこそ(あなたにとって)意味あるものになっているということになります。あなたが第1の大事であり、神は第2の大事でしかないことははっきりしています。これは誤謬でも傲慢でもありません。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 神と宗教を考える Thinking of God and Religion』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。