「おぉ、こないだの学生さんか」

伊達さんが奥の部屋から他の男とまったく違うオーラを放って出てきた。オールバックの細面の風貌に黒い長袖のシャツの前を開けて、そこから覗く入れ墨に進の視線が釘づけになっていた。

「なんやオマエら? もうええ」

と、後ろに立っている男たちを部屋の外に出した。

「先日はありがとうございました!」

私はすかさず、直角に腰を折り、進も同様に手を指先まで伸ばし挨拶をした。

「おう、さすがに応援団やのう、野村やったなぁ、まぁ座れや。ほんで今日はなんや?」

伊達さんは深々と椅子に腰を落として言った。

「はい、伊達さんにお願いがありまして」

私は懐から先ほどのナイフを取り出し、テーブルの上に静かに置いた。

「なんや、物騒なもん出しよって」

眉を(ひそ)め表情が一変した。そのナイフを手にした左手の薬指には重そうな大粒のダイヤをはめ込んだ指輪が光っていたが、それよりも先端が欠けている小指のほうに目がいった。

再び入道のような男が部屋に入ってきて、冷えた麦茶をテーブルの上に置こうとしたとき、伊達さんが手にしたナイフを見て、一瞬動きが止まり険悪な気を放った。

伊達さんはそれを感じ、黙って右手をそっと立ててその男を制し、二度振ると、男は黙って会釈をして、安っぽいガラスコップを不器用に置いて部屋の外に戻った。

古いクーラーの音が室内に響いている。

「それでっ?」

凍りついた沈黙を破って伊達さんが発すると、私たちは反射的に垂れた頭をあげたが、言葉が出てこない。進が私に目くばせする。

「はっ、はい、俺、いや、私の従妹に清子という高校生の娘がおりまして、こちらの浅井さんといろいろあるようで、その娘の父親、私のおっさんですけど、さっき小阪でちょっとしたいざこざがありまして、そんで」

緊張のあまり、しどろもどろでうまく説明ができない。

「でっ、オマエらはどないしたいねん?」

伊達さんは前屈みになって鋭い眼光を私たちに突き刺している。言葉は優しいが威圧感から私はすぐに返事ができなかった。

「まぁええわ、事情は察しがつく。でもな、ヤクザは看板張っている以上、若いもんに示しがつくようにせなあかん、そやろ」

伊達さんは私たちの表情を探りながら、そう切り出した、

「頭ごなしに浅井の顔を潰すわけにもいかんし、さりとて浅井のドスをオマエラが持って来とる以上、場合によっちゃ落とし前もつけんとあかん。オマエらが考えとるようにことは簡単やないぞ」

確かに私は簡単に考えていたことを改めて反省した。

「おい、浅井は今どこにおる。呼んで来い!」

と、奥にいる若い衆に強い調子で言うと、奥から返事の声がして、数人裏口から出て行く音がした。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『わくらば』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。